楽しいことがあり過ぎる

楽しいことがあり過ぎる

世の中には、楽しいことがまだまだたくさんあるみたいですよ。

映画『火花』は「菅田将暉の造形美に負けない強い心」を持って観ろ。

M-1で高まった「芸人エモい」という感情が冷めないうちに、と映画『火花』を見てきた。

 

 

鑑賞後、最初に口から出た言葉は「うーん微妙」だった。しかしこれは作品の出来云々というよりわたしの鑑賞の仕方に問題があったように思うので、今回は作品批評などといったものではなく、あくまでわたしの反省及び感想ということでお読み頂ければと思います。

 

 

映画のネタバレを多く含みますのでご注意ください。

 

 

 

 

すべては作品鑑賞後のツイートに集約されている。菅田将暉顔ファンであるわたしは終始「菅田将暉は何してもくっそイケメンだな」という思考から抜け出せないままラストまでいってしまったのが大きな敗因だと思う。その他にもいくつかの敗因が思い浮かんだので自分なりに整理してみた。こんなにも映画鑑賞後の自身を冷静に振り返れる作品に出会えることもそう多くはないだろう。そういった面でいえば映画『火花』はとても不思議な立ち位置の作品になった。

 

 

作品概要はこちら。

若手コンビ「スパークス」としてデビューするも、まったく芽が出ないお笑い芸人の徳永は、営業先の熱海の花火大会で先輩芸人・神谷と出会う。神谷は、「あほんだら」というコンビで常識の枠からはみ出た漫才を披露。その奇想な芸風と人間味に惹かれ、徳永は神谷に「弟子にしてください」と申し出る。神谷はそれを了承し、その代わり「俺の伝記を作って欲しい」と頼む。その日から徳永は神谷との日々をノートに書き綴る。
2年後、徳永は、拠点を大阪から東京に移した神谷と再会する。
二人は毎日のように呑みに出かけ、芸の議論を交わし、仕事はほぼないが才能を磨き合う充実した日々を送るように。そして、そんな二人を、神谷の同棲相手・真樹は優しく見守っていた。
しかし、いつしか二人の間にわずかな意識の違いが生まれ始める―
「笑い」に魅せられ、「現実」に阻まれ、「才能」に葛藤しながら、「夢」に向かって全力で生きる二人の10年間の青春物語。

映画『火花』公式サイトより

 

原作は芥川賞を受賞した際に読んでいた。「読みやすい作品だったな」というのが当時の感想だったと思う。作中、神谷の言葉でとても印象に残ったものがあって、スマホのメモアプリに文字起こしして保存したはずなんだけど恐らくそのアプリごと削除したようだ。映画を観終わって、あの部分を読み返したいと思いメモアプリ内を検索したけど見つからないから、恐らくちょっと前に削除した別のメモアプリに保存していたのだと思う。新しい才能が育たないことについての神谷なりの考察だったのだけど、とても良いことを言っていたんだよな。なぜ削除してしまったのか。また原作本読み直さなきゃだ…

 

 

 

敗因1:「わたしはそこそこのお笑い好きだ」という自意識

映画『火花』は板尾創路が監督を務めている。だからなのかは知らないが、作中にも若手芸人が多数出演していた。そういった若手芸人探しについつい気を取られ、なかなか作品の世界観に入り込めなかった。「わたしはそこそこのお笑い好きだ」という自覚がある人ほど気を付けてほしい。いつの間にか『若手芸人探し』というゲームに執心してしまわぬように。

中でも、ゆにばーすのはらさんが目立ちまくっていてダメだと思った。どんなに引きの画でも「あ、ゆにばーすの人だ」と一発で分かってしまうほどの画力〈えぢから〉。メインキャストより目立っていたぞ(わたしの中では)。ゆにばーすのはらさんを見るたび、M-1での中村あゆみを思い出してしまってダメでした。あの中村あゆみドチャクソ面白かったです。

あと、菅田将暉演じる徳永の相方・山下を2丁拳銃の川谷さんが演じているのだけど、その配役も『お笑い好き自意識』がライジングしてる身としてはキツかった。何をどうしても2丁拳銃のツッコミとしてしか見られなかった。それどころか本来の相方である小堀さんのこととか小堀さんにマジ切れする川谷さんの嫁のこととかまで思い出してしまって、もうどんなシーンでも徳永と山下として見ることができなかった。わいの完敗や……。冒頭、徳永と山下の会話シーン、山下のセリフが結構な棒に感じられて「うわぁ、菅田将暉の相方役って誰だろう。演技下手では…?」って思ってたら川谷さん出てきて「ぅおいッ!!!」ってなった。やはり配役ぐらいは事前にチェックしていくべきでした。あ、作中の演技は棒ではなかったです。

ところで菅田将暉と川谷さんて実年齢は菅田:24歳、川谷さん:43歳でいくら何でも離れすぎだろって思ったのはわたしだけだろうか。恐らく徳永と山下って同世代設定かと思われるんだけど、だとしたら役者の年齢差ももう少し縮めたほうが自然に見えた気がするのですが…。それともそんなことを気にするわたしが間違っていたのだろうか。

「ごっつ」を見て育った身としては、どうしても板尾創路を『凡人には理解が及ばない天才』として見てしまう節があり、そういった感情が作品への期待を余計に煽ってしまっていた。それ故、あまりにも泣かせにきてるシーンで逆に萎えてしまった。「あぁ、このシーンは泣かせにきてるな。板尾さんでもこんなに分かりやすく泣かせにくるのだな」みたいな。マジで素人のくせにウザいな、わたし。

こんな感じで、お笑い芸人でもないのに終始お笑い分かった風な鑑賞法してしまう自分自身に嫌気が差しました。

 

敗因2:菅田将暉の圧倒的な造形美

いやもう菅田将暉ってめちゃめちゃ顔面が美しいことでお馴染みじゃないですか。何しても「菅田将暉、美しすぎかよ……」って思ってしまってダメだった。横顔も美しすぎたしパンイチの菅田将暉も銀髪の菅田将暉もパンクファッションっぽい菅田将暉も、どの菅田将暉も造形が美しすぎた。菅田将暉顔ファンの人は、菅田将暉の造形美に勝てるかどうかで本作を楽しめるかどうかが決まってくると思うので、劇場に足を運ぶ際はそこら辺の決意を固めてから行くことをおすすめしたい。銀髪の菅田将暉なんて、そのまま写真集出してくれよって思うくらいドチャクソかっこ良くて「こんな若手芸人いたら顔ファン付きまくって売れるのでは????」って思ってしまい、リアリティに欠けた。あんなに演技に全てを注いでいるような俳優なのに、まさかの顔面が演技の邪魔をする日が来ようとは……不憫でならないよ!!!!!(大袈裟)

あとこれはもう菅田将暉は悪くないんだけど、わたしが『菅田将暉が何よりも「お笑い芸人」という職業を尊敬している』という知識を持ち合わせていたのも良くなかった。以前、彼がダウンタウンなうの本音でハシゴ酒のコーナーに出演した際に、ダウンタウンへの手紙を涙ながらに読み上げたことがあった。わたしはそんな風に泣くほどダウンタウンを尊敬している菅田将暉を見てもらい泣きしまくった経験を持っているので、映画見ながらその時のことを思い出してしまって「菅田将暉、あんなに尊敬しているお笑い芸人を演じているんだな…」とか勝手に高まってしまい、ストーリーと関係なく泣きそうになってしまった。

 

良かったところ

ここまでネガティブな感想を述べてきたが、良かった点もあったので書いておく。

まず、木村文乃演じる神谷の彼女:真樹〈マキ〉が良かった。ふにゃっとした語り口で「どう見ても風俗やってる女」感が凄まじく溢れ出ていた。最初見たとき木村文乃って分からないくらいハマり役だった。思い切った変顔も素晴らしかった。

次に、神谷の相方:大林役の役者が素晴らしかった。個人的には、この役者が一番芸人っぽく見えました。調べてみたら三浦誠己という俳優らしい。もともとはお笑い芸人さんだったみたいだ。鑑賞後、一番印象に残った役者が彼だったので、彼が演じる神谷を見てみたかったなぁと思った(桐谷健太演じる神谷がどうこうという話ではなく)。彼は、とても芸人っぽかったぞ。

最後に、エンドロールで流れたテーマソング「浅草キッド」が良かった。菅田将暉桐谷健太が歌っているのだが、あの2人の声質は「浅草キッド」にマッチしていると思う。ここでも「お笑い好き自意識」がムクムクと育ってきて、エンドロール中の『作詞・作曲 ビートたけし』の文字にグッと来てしまった。そういえば菅田将暉桐谷健太ってauのCMでも共演しているんだなってエンドロールで気付きました。

 

物語終盤、芸人を引退した徳永(菅田将暉)に神谷(桐谷健太)が「10年間も笑いのことだけを考え続けてきた人間は立派な芸人だ」みたいなことを言うシーンがあって、そのシーンが良かった。これはM-1で高まっていた「芸人エモい」感情にグサグサ来た。「笑い」なんてものは結局個人の好みだったり、時代の流行りの形だったりで、必ずしもコレが答えだなんてものはない(と思う)。そういった『何が正解か分からない』みたいな結論を求めつづける『職業』ってすごくキツイことだと改めて感じた。わたしが今まで経験してきた仕事は、常に正解が分かっていてそれに向かって突き進めば正解(成功)・不正解(失敗)問わず何かしらの答えが出る訳だけど、彼らは違う。必ずしも正解に辿り着けるか分からないけど、自身の「笑い」が正解とされる日を信じて進み続けるって、めちゃめちゃ根性いる仕事だ。先が見えなさ過ぎるもん。

例えばわたしがお笑い芸人だったなら、この映画はとても感動できる作品だったのかもしれないな。恐らく今現在、芸人として生きている人やかつて芸人を目指していた人は必ず“神谷”みたいなハチャメチャな先輩の1人や2人は思い浮かぶだろうし、“徳永”のような経験をしてきた人もいるだろう。神谷や徳永のように夢破れていく人が大多数を占める世界で成功するというのは、本当に本当に奇跡に近い確率なんだろうな…と改めて思った。ほんと凄い世界だな……

 

映画そのものに感動するしないに関わらず、改めて「お笑い芸人ってすごい」と思った。ほんと凄い。人を笑わせる職業って、本当に凄い。とろサーモン本当におめでとう。この前のワイドナショーも面白かったです。

 

 

ちなみに、本作でわたしが唯一涙を流したシーンは、映画始まってすぐ。

地方の夏祭りで出会った徳永と神谷がそのまま飲み屋で酒を酌み交わし、その後、別れるシーン。酔った神谷が徳永に別れを告げ階段を降りていくのですが、足元がふらついて派手にすっころぶんですよね。そんな彼を徳永は笑いながら見送るんですが、このシーンがなぜか泣けて泣けて仕方なかった。前述したように、なぜかこのシーンで菅田将暉の『お笑い芸人を尊敬している』エピソードを思い出してしまい、なんかもう涙腺刺激されまくってしまった。あの、すっころぶ神谷を見送る徳永の表情には、お笑い芸人を目指す若者の『夢』が詰まりまくっていた。ほんとうにいい表情だったんだよな……あの表情の素晴らしさを菅田将暉に伝えたい。

ありがとう菅田将暉、あの表情は本当に素晴らしかったよ。

 

 

とまぁ、どう考えても冷静に映画そのものを楽しめていなかったので、わたしのような「そこそこのお笑い好き」を自認している方は、多くの邪念に惑わされないよう気を引き締めて鑑賞したほうが、より作品の世界観に浸れると思う。本作は、一般的にはどういった評価をされているのだろうか。まぁ映画の評価なんてものも結局は個人の好みに依るところが大きいよな…とか思っているので口コミサイトなども見ないんですけどね。泣ける映画って感じなのかな……

でもやっぱりスパークスの最後の漫才のシーンは、あまりにも「泣かせにきてる」感が露骨で萎えてしまうと思うんだよなー。「そこそこのお笑い好き」という自意識を抜きにしても露骨すぎるのではって思うんだけど、うむむ。

 

 

余談。

ドラマ版『火花』では神谷役を波岡一喜が演じていると知り「おいおいドラマ版も気になるやんけ」と思った。波岡一喜は神谷っぽい。

 

 

おわり。

ご覧いただき、ありがとうございました。

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