楽しいことがあり過ぎる

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健康な体があればいい

The Birthday『GLITTER SMOKING FLOWERS TOUR 2020』東京公演感想

GLITTER SMOKING FLOWERS TOUR 2020

何をするにも「コロナ」に囚われ続けた2020年もあと一ヶ月少し。
ようやく、とうとう、今年最初のライブに行くことができたので今日はその日のことを書こうと思う。
おそらく後々、日本の(もしかしたら世界の)歴史を振り返ったときに『失われた2020年』とか呼ばれることもあるかもしれない今年、最後の最後に滑り込みでライブに行けたことは、ため息ばかりの毎日を救ってくれた。と、同時に「あぁ、わたし、こんなにもコロナコロナの毎日に疲弊していたのか」と実感する出来事でもあった。とにかく久しぶりに全身で感じた興奮や感動、喜び、楽しさ。やっぱりライブっていいものですねぇ、とバカみたいにシンプルな感想を抱いたのでした。

 

本題に入る前に少しだけ近況を。実は9月に職を失っておりました。

勤めていた会社は旅行業界大手をメインクライアントにしていたため、コロナの影響をモロに受けていた。世間が『新型コロナウイルス』というワードに恐れを感じつつあった春先から徐々に仕事が減っていき、夏には開店休業状態。そりゃ無理だよな、と薄々感じてはいたものの、やっぱり自分の思い描いていた人生設計に突如放り込まれた『整理解雇』の4文字には参った。いやぁ、ほんと、人生何が起こるか分からないとはよく言ったものだ。
こんなタイミングでの失職なんてマジでバッドタイミング過ぎる。そのうえ、会社の事務所を引き払わなくてはならず、酷暑のなかでの引っ越し作業(厳密にいえば引っ越しではないけれど)。そんな中途半端な状態なので、いまいち転職活動にも身が入らず。年齢も年齢なので気持ちの上では焦って転職活動をするものの、なかなか結果が振るわず……。何だかもう全てが悪循環。あぁ、わたしって世界から必要とされていない人間なのかも知れない、などと人生に絶望したりもしたけれど何とか無事に『採用』の報せを受けることができた。そんなこんなで10月末から新天地にて頑張っております。勤務地は都内、そして18時定時なので今まで通り仕事終わりにライブにだって行けちゃうことが何よりの安心材料。オタク、生きる!!!!!

 

さて、そんな人生ハードモードど真ん中の2020年中盤だったので、音楽からは少し距離を置いていた。これまで通勤等の移動時間を利用して音楽を聴くライフスタイルを送ってきたので、人生に於ける最大の移動時間である『通勤』を失うと音楽に触れる機会が圧倒的に減る。そのうえ、不本意な失職というアクシデントによりメンタルがダークサイドに流されていたのでとにかく笑いを求めてしまい、家にいる時間はバラエティ番組を狂ったように見漁っていた。
なので、The Birthdayの音楽もしばらく聴いていなかった。新譜がリリースされると知ったときも以前よりテンションが上がらなかったし、ツアー決定のニュースを知ったときも「ライブ行きたいけど、仕事ねぇしな……」とか思っていた。それでも、そんな自分の中に鬱々と溜まりつつあった何かを、どうにかしたいとも思っていた。だから、The Birthdayのライブの日までには次の仕事を見つけていられるようにしよう、と敢えて自分にプレッシャーを掛けることにした。あんなにしょっちゅうライブに行っていたのだ。ライブに行けば、きっと人生に張りが出る。とにかく少しずつ下がっていく生活の幸福度を少しでも上昇気流に乗せたかった。そんな願いも込めて、今回のツアー先行にエントリーした次第です。無事にチケットがご用意されたときは「これでこれからの人生に『予定』ができた、よかった」と思った。人生に『予定』があることの素晴らしさよ……。
それからしばらくして無事に転職先も決まり、ライブ当日はソワソワしながら慣れない新天地での仕事をこなし、定時ダッシュをキメて約束の地であるNHKホールに向かった。やっぱり都内の主要なライブ会場に30分ちょっとで到着できる勤務地マジサイコーーーー!である。面接で志望動機を聞かれても、さすがに「仕事終わりにライブ行くのに丁度よい立地なので」なんて答えられなかったけど、ほんとは志望動機の3番目くらいには立地が食い込んでくる。

 

夜の代々木公園では若者がダブルダッチの練習に励んでいて、コロナに対する危機感の世代間ギャップに「おやおや」なんて思ったりもしたけれど、こちらもこちらで今からライブに行く身なので、そこはお互い様であろう。こんな世の中なので些細な考え方の相違にはおおらかでありたい。何でもかんでも分断の火種になりつつある今どきなので、尚更強くそう思います。

 


さて、超久々の『現場』である。

例のごとくThe Birthdayのリスナーは黒い洋服の着用率が異様に高い。そんな当たり前の光景も久しぶりすぎて「おぉ!このガラ悪い客層(超個人的意見です、しかも偏見もある)も久しぶりだな!」とちょっぴり感慨深かった。平熱がやや高めなわたしなので、入場口の検温では変に緊張したけれど、無事に会場にインすることができました。平熱で36.8度を叩き出す人間なので新しい生活様式に組み込まれつつある検温にも毎回ビクついてしまうのです……。

デカデカと光るシャンデリアと赤い絨毯の大階段にNHKの格調の高さが伺えるようなロビー(というのだろうか)を抜けて早々に着席。今回は2階席とはいえ前から2列目の通路側という引きの強さを発揮した。個人的には当たり席である。ライブ中、常に音に合わせて体を揺らしていたいマンなので通路側というのは大変喜ばしい。そのうえ、今回はコロナ禍でのライブということもあり隣席は空席。一人ひとりに与えられたスペースがとにかく広い。最高である。
久しぶりのライブという方が多かったであろう開演前の会場は、静かながらも興奮が満ちているようで、同時に少しの緊張感も漂っているようにも感じた。

 

18時50分頃に開演前最後の影ナレが流れた。アナウンスが終わるとともにどこからともなく拍手が生まれ、その音はあっという間に会場を包んだ。わたしが記憶している限り、The Birthdayのライブでこういった拍手が発生するのは珍しいような気がするけれど、果たしてどうだっただろうか。そもそもThe Birthdayは着席形式でのライブ事態が稀なので、もしかしたらわたしの思い違いかもしれない。とにかく、そんな些細なことにも、会場の興奮度合いを勝手に感じてしまうくらいには、わたしの気持ちも高まっていたのだろう。
そうして、これまた恒例の『Sixteen Candles』が流れる中、4人がステージに登場した。視界にクハラカズユキの姿を捉えた瞬間、ジワリと涙が浮かび、チバユウスケのシルエットが見えた途端に、それはボロボロと溢れ出した。まさかこんなタイミングで涙が出るなんて自分でも予想していなかったので驚いた。やっと、やっと、失われていたものが少しだけ戻った気がした。それはもちろん、喜びやら感動が大多数を占めていたけれど、もしかしたらある種の「安堵」も含まれていたように思う。こうやって少しずつ以前の生活を取り戻していけるかも知れない、という安堵だ。
そういえば今回のライブは『SixteenCandles』のサビが終わるタイミングきっちりで音が止まり、非常に気持ちが良かった。あの音が止まるタイミングが微妙だと、ちょっぴり残念に思うのはわたしだけでしょうか。サビの〈シックスティーーンキャンドールズ〉って歌い終わった瞬間に音が止まって、会場内が一気に沸くあの感じが堪らなく好きなのです。


ということで当日のセットリストです。

久しぶりの現場であり、しかもここ数ヶ月彼らの音楽自体に触れていなかったのでマジでライブ中は曲とタイトルが一致せず苦しんだ。「あーーーーー!!!!この曲!!!なんだっけこの曲!!!聴いたことあるのに!!」と何度も頭を抱えた。今回もインターネットに助けられました。

 

The Birthday『GLITTER SMOKING FLOWERS TOUR 2020』
2020.11.18 @NHKホール公演


01. ヒマワリ
02. 青空
03. KISS ME MAGGIE
04. SOMBREROSE
05. DOOR
06. ROCK YOUR ANIMAL
07. 木枯らし6号
08. 春雷
09. プレスファクトリー
10. 24時
11. Red Eye
12. BITCH LOVELY
13. 1977
14. OH BABY!
15. COME TOGETHER
16. オルゴール
en01. くそったれの世界
en02. 声
en03. なぜか今日は


01. ヒマワリ
先日リリースされたばかりの新曲。骨太なベースから始まるのが超絶カッコいい。わたしはどちらかというと夏とかヒマワリというものに対してはポジティヴなイメージを持っているので、この曲を初めて聴いたとき「そうか、チバはヒマワリという曲をこんな風に表現するのか」と少し衝撃を受けた。CDのアートワークもどちらかというとダークな仕上がりだったので、重ねて衝撃を受けた。何というか、わたしとチバとでは同じワードに対して抱くメロディのイメージが正反対だなぁ、と感じることがよくある。それは『青空』を初めて聴いたときにも感じたことだ。だからこそ、惹き付けられるのかもしれない。
The Birthdayのライブでは照明の素晴らしさに唸ることが多いのだが、今回も見事でした。青いステージに赤く照らされるメンバー(もしかしたら逆だったかもしれない)が最高にカッコよかった。やっぱり青と赤の組み合わせって最高ですね。推しをカッコよく見せたいなら青と赤の照明で照らせというのは、決して忘れたくないライフハックである。

 

02. 青空
続いてもベースイントロで始まる曲。いやぁ、イントロきた瞬間「大好きだ!!!!」の気持ちが見事に爆発した。この曲のイントロは特に大好き。ベースに合わせるようにソリッドに鳴るドラムの音も痺れるし、そこに加わってくるギターのリフも最高にカッコいい。そんでもって何と言っても歌詞がなぁ……。こんな世の中だからこそ、さらに胸に響くものがある。チバが〈絶望に 絶望している ヒマなんて 俺にはねえよ〉って歌うことの説得力よ!!!!この自粛期間にも彼のインタビューを読んだりしたが、やっぱりそこでも彼はあるがままを受け入れるスタンスを貫いていて、改めてブレのないその姿勢に感銘を受けた。チバの素晴らしいところは、というか、わたしが彼の書く歌詞に心を動かされる大きな要素は「あるがままを受け入れつつも決して未来を諦めない」という希望を歌ってくれるところにある。そしてこの『青空』は、それが強く押し出されているように思う。きっと、あの日、ステージの上で〈明日はきっと青空だって お前の未来はきっと青空だって〉と歌うチバは心からそう思って歌ってくれていたに違いない。彼にはそう信じさせる説得力があるのだ。あと、間奏から大サビまでのギターとドラムの煽り感もテンション爆上げポイント過ぎて「キタキタキターーーーー!!!!」って脳みそ溶けた。めーーっちゃカッコいい。

 

03. KISS ME MAGGIE
リズミカルなギターリフが印象的な三曲目。会場内が一気にダンスフロア化していた。やっぱりThe Birthdayのライブはこうでなくっちゃ感を凄まじく感じた。わたしの斜め前にいらした女性がめちゃくちゃ踊ってて、見てるこちらもテンション上がりました。みんなが楽しみにしていたんだろうなぁ、この日を。あとやっぱりチバの詞に登場する外国の女性って毎度名前のチョイスが秀逸だよなー。この『KISS ME MAGGIE』という曲は、終わり方がいかにも物語染みた音のまとめ方になっていてそんなところも好き。

 

04. SOMBREROSE
クソオタクなので「初めて聴く曲だ!!!!」と現場で驚き倒していたのだけど、終演後に確認したらめちゃくちゃ自分のiPhoneにも入っていた。たぶんあんまり聴き込んでなかったのだろう。完全に初聴き勢のつもりでした。〈楽団が来る〉って歌い出しが強烈過ぎて一気に引き込まれた。あの瞬間、「え、バスデのことじゃん」と思ったのはわたしだけじゃないはず。サビこそ激しいけれど、何となく全編を通して漂う穏やかな空気感が心地よかったです。ありきたりな表現だけど、とてもいい曲だなーと思った。これから何回も聴きます。あと、例えばThe Birthdayだったらドヴォルザークの『新世界』をどんな風に演奏するのかな、と思ったりもした。

 

05. DOOR
ゴリッゴリのロックナンバー。サビ部分の〈ナーナナナナ ナーナナナナナァナー〉を本来であれば客も一緒に歌うのが恒例だけど、こんなご時世なのでそこはグッと我慢。とはいえ、リズムに合わせて突き上げられたたくさんの拳に「コロナに負けねぇぜ」という気合いを感じた。そろそろドアが開く頃さ。〈代々木上空〉部分で天を指差すチバユウスケの姿がこの曲のハイライトだったと勝手に思っている。
ところで、今回のライブではフラッシュ的な照明が断続的に焚かれる演出が何度か行われていて、この曲がその演出の一発目の登場シーンであったのだけど、とにかくその光がキツかった。わたしは強い光が苦手なので、もう途中からはステージから目線を外らそうかと思うほどにキツかった。強い光によって頭痛をもよおす人もいるぐらいだし、あの演出は何とかならないかしら。それともたまたまわたしの座席があの光をモロに食らってしまう席だっただけで、他の皆さんは特に不快ではなかったのだろうか……。とにかくあのフラッシュがキツくて楽曲に集中しきれなかったのが悔やまれる。ちなみにこのフラッシュ的演出は終盤にも再び登場して(なんの曲だったのかは忘れた)、心の底から「いい加減にしてくれ」となった。

 

06. ROCK YOUR ANIMAL
『DOOR』からの流れ、完全に「盛り上がれ!!!!」とお墨付きを貰ったようなものだ。リズムギター大好き芸人の本領発揮ソングである。わたしを苦しめた憎きフラッシュの光も鳴りを潜め、そうなれば勝ったも同然。それはもうリズムに合わせて騒ぎまくった(主に動き的な意味で)。楽しかったなぁ。

 

07. 木枯らし6号
演奏前にチバがイタズラっぽい表情を浮かべて「そろそろ秋だなぁ」みたいなことを言っていた。その瞬間に思わずニヤッとしてしまった。前回のVIVIAN KILLERSツアーで、木枯らしが吹かないことに腹を立てていたチバを思い出した。『ヒマワリ』から始まったライブで『木枯らし6号』を聴く。何だか今年一年の時の流れの不思議さを感じてしまった。今年は、季節を感じる機会が例年に比べ圧倒的に少なかった。それなのにあっという間にもう11月も末である。秋ですらない。本当に色々あったけど何にもなかった不思議な一年だったなぁ。

 

08. 春雷
青い照明で照らされたステージがまるで深海のように美しかった。いま思い返せば、あの青い光は雨を表現していたのかもな、とも思う。よく耳にする「泣きのギター」って、きっとこの曲で鳴らされるような音なのだろう。さっきまでリズムに乗っていた会場が一気に静まり返り、ステージから放たれるエネルギーに圧倒されているようだった。わたしも棒立ちでただひたすらにステージを見つめていた。それぐらい力強い演奏だった。ほんと、息を飲むって言葉がピッタリくるような緊張感とエネルギーに満ちた濃密な時間だった。

 

09. プレスファクトリー
大好きな曲だよーーーーー(涙涙涙)!!!!!
チバが「久しぶりに演るよ」的なことを言ってイントロ流れた瞬間、思わず叫びそうになった。マジで大好きなんですよ。何がそこまでツボなのか分からないけど大好きなんです。果たしてこの表現が合っているのかは分からないけど、わたしにとって『プレスファクトリー』って、チバユウスケのキュートな部分とロマンチストな部分をとことん煮詰めた楽曲という立ち位置なのだ。とにかくもう全編に渡って最高。〈ここは天国 プレスファクトリー 夢だけでできてる〉とか〈純粋に君のことが好きかって聞かれたら それはなんとも言えないね はっきりしてるのは 嫌いじゃないってことだけさ〉とか、もうほんとに全編声に出して読みたいパワーワードのオンパレード。好きな部分を抜粋しようとしたけれど、それもうほぼ全部じゃん!とキレ散らかしたくなる。極めつけがサンドイッチに対する概念。もうこの曲の核はサンドイッチなのだ。〈サンドイッチに トマトはさ 入れないでほしいね パンの耳は 切らないで 結構それは重要〉の〈結構それは重要〉の戦闘力たるや……。たった7文字で一気にリスナーを駆逐する破壊力。もうほんっとうに何でこんな『この世の真理』みたいなことを、こんなにもロマンチックな言い回しで表現してしまうのか!!!!地にひれ伏しておいおい泣いてしまうくらい感動的な歌詞である。何となくイメージする幸せな愛の形の風景が丸ごと詰まっているような世界観。でも、あいつは消えちゃうんだよなぁ。
もちろん、現場でもおいおい泣きました。『プレスファクトリー』を聴けただけで、この日のわたしは圧倒的に勝者です。

 

10. 24時
The Birthdayのガラの悪さが存分に発揮されていてゾクゾクしてしまった。悪そうなThe Birthdayを見ると、ゾクゾクしちゃうよね。

 

11. Red Eye
『24時』と合わせて個人的にはフジイケンジ炸裂タイムとしたい2曲。キレッキレのギターが最高かっこよい。そして何と言っても『Red eye』最大の見せ場は、そんなフジイケンジチバユウスケの殴り合い(あくまで概念)であろう。あの時間、マジで会場中が沸きに沸いていて、熱気が一段階あがったように感じた。それにしてもブルースハープを鳴らすチバユウスケは相変わらず色気の権化みたいな凄まじさであった。最高だよ。
あとこれは完全に余談ですが、間奏でフジケンのギターが宇宙的な超音波を放っていたので「お、宇宙人でも呼ぶ気か!?」とか脳内でフザケた茶々を入れていたら、直後にチバが〈宇宙船〜〉って歌うもんだから腰抜かすほどビビった。完全に彼らの手のひらの上で踊らされている。詞の世界をあんなにもどストレートにリスナーに届けられるなんてやっぱりプロってすごいんだなぁと痛感しました。茶々入れてた己の思慮の浅さを恥じます。

 

12. BITCH LOVELY
まさかNHKの名を冠するホールで〈BITCH〉というワードをこんなにも耳にする日がこようとは……。あまりのパンチ力の高さに笑ってしまった。
序盤のかわいらしいメロディに対して、サビになると魂の叫び感が一気に膨れ上がるその振れ幅の大きさがこの曲の魅力だよなぁ。
終盤、テンポアップしてからの怒涛の巻き上げ感がめちゃくちゃ楽しかった。バンド感を凄まじく感じた。

 

13. 1977
チバユウスケエバーグリーンなものを感じてしまうので、何度聴いても青春の海に突き落とされるような切なさを感じる。そして、それと同時にものすごい多幸感にも包まれる一曲。『1977』を歌っているときのチバは本当に楽しそうで幸せそうで、見てるこちらが胸いっぱいになってしまうんだよなぁ……。いつまでも夢中になれる何かに出会える人生ってものすごく幸せなことだ。〈初めてルージュの味を〉からの曲の展開がすごくドラマチックで特に好きです。〈持ってかれて帰れない〉という歌詞が最後の最後で〈帰らない〉に変わっているのも、とてもいい。

 

14. OH BABY!
たしか、演奏前にチバが「オーベイベー!」って叫んだ気がする。
『1977』の余韻が残る会場をさらに煽るように熱が込められた演奏だった。とにかくチバが楽しそうで、何度も「幸せだなぁ」と実感した。この曲の主人公である『俺』はBABYに救われているけれど、この曲を歌うチバユウスケは、まるで息苦しい世の中からリスナーを連れ出してくれるヒーローに見えた。ほんとうにそう感じた。『OH BABY!』終盤ではチバと観客が〈OH BABY〉と歌い合うのが恒例で、この日もいつもどおりチバが歌ったあとに客へ任せるみたいな流れになった。もちろん、客は客でチバの想いに応えたいけれど大声で歌うわけにもいかず、ちょっとした戸惑いみたいなものが一瞬会場内に漂った。一方、そんな会場を見渡すチバは、とにかく優しい笑みを浮かべていた。なんだかその表情を見ただけで「きっとチバは全部分かってくれている」と思えた。わたし達の戸惑いも悔しさも、きっときっとあの瞬間のチバはすべてを分かってくれていた。そう思ったら泣けて泣けて仕方なかった。だからこそチバは、その後もいつもどおりに〈OH BABY〉というフレーズを何度も何度も繰り返したし、会場も声さえ出さなかったけれどその代わり身振り手振りでチバに応えていたように見えた。コロナで変えられてしまったものもあるけれど、変わらないものも確かにあるのだ。そのことに気づかせてもらえたような幸せな数分間だった。

 

15. COME TOGETHER
すでに『OH BABY!』でチバユウスケの巨大な優しさを感じて勝手にクライマックスを迎えていた限界オタクは、続く『COME TOEGETHER』で完全にHPがゼロになってしまった。だってこの曲も凄まじく多幸感に包まれる楽曲じゃないですか……。フジイケンジがイントロを弾き始めた瞬間、完全に脳内のスクリーンでは『主演:The Birthdayとわたし』のエンドロールが流れていた。なんかもうとにかく元気を貰った。〈ほっといてもさ地球は回る〉なんて、ほんとうにその通りだ。どうせ生きるなら少しでも楽しいほうがいい。そんな、シンプルだけどめちゃくちゃ重要なことを、改めて教えられた。楽しいことは自分で探さなくちゃ、なのだ。大好きなバンドの久々のライブで〈COME TOGETHER〉って歌ってもらえるなんて、もうめちゃくちゃに幸せじゃん。

 

16. オルゴール
一曲めに披露された『ヒマワリ』と両A面でリリースされた『オルゴール』で締めくくるなんて、オシャレなことするなぁ……。というか、もう既に『COME TOGETHER』で燃え尽きていたので、ふわふわしていて当時の記憶がほぼない。「あ、サンドイッチってまた歌ってる」とかバカみたいなことを思ったことだけは強く覚えているのだけど。ライブ後に、改めて聴いてみてるけど、なんだかとてつもない悲しみを感じてしまうのはわたしだけでしょうか。最後の一節が、一応、救いになっている……のか?

 

 

ここで本編はいったん終了。メンバーがステージから去った直後からアンコールを望む拍手が起こった。
その音は一度も止まることはなく、しかも最後までリズムを乱すことなく続いていた。何だかそんな光景にもめちゃくちゃ感動した。声を出せなくてもできることを全力でやろう、想いをメンバーに伝えようという観客の気概みたいなものが、あの何分間かに詰まっていたように思う。
そういえば、アンコールを待つ間、いくつものミラーボールがたくさんの光を放っていて、まるで宇宙空間みたいだった。やっぱりThe Birthdayのライブにミラーボールがあると最高ですね。

 

 

en01. くそったれの世界
ビール片手にご機嫌に登場したチバ。そんな姿に「コロナ禍でもビール飲むんかい!」と胸の中で静かにひとツッコミ。
盛り上がる観客を手で抑えつつ、恒例の歌い出し。やっぱりいつも通りとはいかなかったけど、思わず歌ってしまった方も数人いたようで、小さな合唱が起こっていた。もう完全にストッパーが外れたモードの会場はあっちもこっちも踊りまくり。いつもどおりの光景が広がっていた。ほんと、この瞬間を一人ひとりが思い思いに楽しんでいた。楽曲の盛り上がりに応じるように突き上げられた拳の数も増えていって「あー、わたし、The Birthdayのライブに来てるんだなぁ」と改めてジワジワ感動を噛み締めた。

 

en02. 声
いやぁ、このご時世のライブで『声』を歌ってくれるなんて、最高にカッコよくないですか?????マジで、このクソみたいな状況を生み出しているウイルスに真正面からケンカ売ってるようなその姿勢にめちゃくちゃ痺れた。それこそ、声には出さずとも会場中の誰もが大声で歌っていたと思うなぁ……。世の中の流れの全てを受け入れつつも、逆境には屈しないぞというバンドの強い意志みたいなものを勝手に感じて、めちゃくちゃ高まった。やっぱりカッコいいなぁ、The Birthday

 

en03. なぜか今日は
これも大好きな曲。最後の曲でやっぱり希望を歌ってくれるのがあまりにもチバユウスケ丸出しで、やっぱりカッコいいなぁ。あとわたし『なぜか今日は』を演奏するフジケンを見るとめちゃくちゃ高まってしまう。多分、2018年のフジロックの、ステージモニターにバンドロゴが映し出されるタイミングでステージぎりぎりまで前に出てきてギター掻き鳴らすフジイケンジの姿が最高にカッコよくて、『なぜか今日は』のイントロを聴くたびに脳内であの映像が自動再生されるからなんだよなー。あんなにもバンドロゴを最高のタイミングで登場させたライブ、後にも先にもないと思う。『なぜか今日は』演るなら、毎回あのバンドロゴ登場の演出も是非モノでやっていただきたいくらい爆イケ演出だった。ほんと見るたび鳥肌モンですよ。

 

そんなこんなで、わたしにとって今のところ2020年唯一のライブとなったThe Birthdayのツアーは終わった。
久しぶりに2時間ぶっ通しで立ちっぱなし踊りっぱなしだったので、終演後、規制解除されて帰ろうとしたら脚力が見事にヤラれてて一歩目が踏み出せなくなったときには流石に自分で自分の老いに絶望した。鍛えよう、下半身を中心に。

The Birthdayのライブに行くと毎回思うけど、やっぱり圧倒的に「カッコいい」って感想が一番に残るんだよなぁ。いろいろと思うことはあれど、やっぱり最後に強く残るのは圧倒的なカッコよさなのです。もうほんとにわたしが想う『ロック』という概念を具現化したものがそのままチバユウスケになる。それぐらい圧倒的にカッコいい。もちろん、この日も圧倒的にカッコよかった。いつまでもカッコよくいてくれよな(そしてどうか健康には気をつけて)!!!!!

 

初めてのNHKホールは、幼い頃から大晦日に毎年のように目にしてきたので、クハラさん同様に「おぉ、これがあのステージか」と感動した。思っていたより小さんだね、ステージ。あの上に何十人もアーティストが並んで『蛍の光』を合唱していただなんて、にわかには信じがたいですよ。
今年の大晦日も例年どおり紅白とガキ使を行ったり来たりかなぁ……と思っていたら、どうやら31日もThe Birthdayの皆さまは活動するらしく。さてどうしたものか、と思案している。


相変わらず感染者は増え続けているし、こうやってようやくコロナ前の日常を少しだけ取り戻したような気になっても、また無味乾燥な日々に逆戻りしてしまいそうな予感がビシビシしますね。何だか嫌になっちゃうけど、それでも生きていくしかないので、推しに元気を貰いつつ、またライブに行ける日常に備えて、まずは体を鍛えます(主に下半身を中心に)。

 

おわり。

ご覧いただき、ありがとうございました。

 

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2020年9月27日、リスナーとして思うこと。

全国1億2000万人のBUMPリスナーの皆さん、状況はどうだい?
いやぁ、わたし、どちらかと言えば自分自身のご機嫌取りがうまいタイプだと思っていたのですが、さすがにここ数週間のアレコレにはめちゃくちゃメンタル揺さぶられております。
BUMPリスナー的ブラックフライデーが続くこと2週間、次の金曜日は何も起こらないでおくれよ……。

とは言えせっかくブログをやっているし、好きなバンドが炎上することなんて滅多に無いから(笑うところです)オタクはオタクらしくお気持ち表明エントリーでも書くことにする(※)。ちなみに、先の一文(※)は一週間ぶり二回目の登場だよ。

 

ブラックフライデー第1弾のときのお気持ち表明エントリーはこちら

2020年9月21日、いまの気持ち - 楽しいことがあり過ぎる

 


2020年9月25日金曜日、BUMP OF CHICKENはしばらくの間、藤原基央・増川弘明・升秀夫の3人で活動していくことを発表した

時は夕食時。食後にスマホを見たらオタク友達からの不在着信。こんなことは稀なので、きっとBUMPに何かがあったんだと思い、ネットを開いたら『活動休止』の4文字。そうか、そう決めたのか……。ひとまず着信をくれたオタク仲間に折り返し、あーだこーだといろいろ話した。それはもういろいろ話した。彼女とは何度もBUMPのライブに行ったし、何度も喜びや感動を分かち合ってきた仲だけど、今回の件に関しては微妙に異なる思いを持っていて、それらを伝え合ったり理解し合ったりした。こういった時に、相手の考えを尊重しつつ互いに相容れない部分もあるのだ、ということを分かち合える仲でいられるなんてオタク仲間に恵まれたなぁ。そんなわたし達だけど、当事者が活動休止をして他メンバー3人で活動を続けることに関しては肯定的に捉えていた。とにかく『解散』ではなかったことに何よりも安心した。そして、それと同じくらい今回のリリースに衝撃を受けた。

 

報道にありましたような行動を彼がしてしまっていた当時、我々メンバーから、彼の日常の言動について厳しく注意した事もあり、その時のそういった叱責を彼は素直に聞き入れてくれてはいたのですが、結局のところ、我々は直井のプライベートのほとんどを把握できておらず、また、本質的な解決に至らなかったという事だと思います。その結果として、このような事態に及んでしまった事を、大変悔しく残念に思います。

 

当時、彼ら4人に何が起こっていたのか。もちろん、文章からその全てを汲み取ることはできないが、それでもある程度の衝撃を受けるには十分だった。そうか、BUMPってプライベートを把握するほどの仲ではなかったのか……。
そうなのかもしれないなぁ……とも思ってきたけど、わたしが思っていた以上に彼ら4人ってビジネスライクな関係だったのかもしれない。ぶっちゃけて言えば、それが結構ショックだった。そりゃ40歳を過ぎる成人男性4人が仕事もプライベートも共にしているなんて結構あり得ないことだよなって一般的には思うだろうけど、それでもBUMPに関してはあり得ると勝手に思っていた。男子学生みたいなノリで普段からキャッキャしてるのかと思ってたけど、そんな訳ないのだった。要は幻想を抱いていたのだ。
そしてやっぱり、わたしはそんな自己中心的な幻想を彼ら4人に抱いてしまっていたのだ、という事実に直面している。この対峙だって、ここ数日で何度も経験しているけど、結局“今現在でさえも”そんな幻想とともにBUMP OF CHICKENを見てしまっている。そんなBUMP OF CHICKENを求めてしまっている。


そんな風にネガティブ思考がグングン勢力を伸ばしまくっていたので、3人で活動を続けるという決断すら深読みしてしまう始末。4人でいることにこだわって進んできたバンドが3人で活動を続けるって決断をした。ちゃんと4人に戻るのだろうか……。
常日頃から世の中のあらゆることに対して『終わらないモノなんてない』ってことは十分に理解しているつもりだったのに、いよいよ我が身に降り掛かってくるかもしれないぞ、なんてますます悪い方、悪い方へと考えてしまう。どんなに考えても答えは出ないのに、それでもあらゆるバッドエンドを考えてしまう。
これじゃいかん!と何度も何度もリリースを読み返し、彼ら3人が何を考えているのかと思考を巡らせる。常日頃から、藤原基央BUMP OF CHICKENの思考を理解しきりたい、と考察しがちなオタクなので、とにかく現時点で彼らの思いを強く反映しているであろうこの文章から少しでも希望を見出したかった。そうして何度も読み返して、やっと気付いた。

 

我々の音楽を大切にしてきてくださったリスナーの皆様の存在に、今も変わらず、強く支えて頂いております。

 

支えになっていた。リスナーの存在が支えになっていた。あぁ良かったと心底思った。本当に良かった。今まで何度もBUMPの音楽に、BUMPの存在そのものに支えられてきたけれど、彼らがピンチの時に支えと思ってもらえる存在になっていたことが本当に嬉しかった。
気持ちが少しだけ浮上した気がした。


ちょっとだけ浮上した気持ちを抱えて、さらに思考を巡らせる。そういえば、かつてどこかで藤原基央は「死ぬまで音楽を続ける」って言ってた気がする。インタビューだっただろうか、ライブのMCだっただろうか……。

確証を得たくてTwitterで検索してみた。どうやらPATHFINDERツアーの新潟公演MCでの言葉だったようだ。わたしは、当時、そのライブには足を運んでいなかったが、あまりにも行きたすぎてライブレポを読み漁っていたのだ。その時の感動があまりにも大きくて、脳裏にこびり付いていたのだった。これで確証を得られた。ありがとうインターネット!!!!

こんな風に思われたら当の本人にしてみてもいい迷惑かもしれないが、藤原基央の言葉だったら真っ直ぐに信じられると思った。藤原基央が「死ぬまで音楽を続ける」と言ったのなら、それを信じようと思えた。そうしたら、また気持ちが浮上した。
例のリリースだって、文面どおりに受け取ろうと思えた。
当面の間、とあるのだ。だからわたしは、当面の間、三人になるBUMP OF CHICKENを支えよう、と思う。

 

とは言え今回の一件で「リスナーって何だろう」という自問自答は今まで以上にじぶんにとっての大きな議題になった。いろいろな角度から今回の件を考えるたびにBUMP OF CHICKENを『消費』しているのではないか、という後ろめたさが色を濃くしている。こんなことが起こっても、尚、わたしは、彼らが望むとおりにただ純粋に彼らの音楽だけを受け取るリスナーにはなれていない。

世の中の所謂ファンと自称する人々ってここら辺の自問自答にどうやって落とし所を見つけているのだろうか。いや、そもそも論としてこんな訳分からん自問自答をしていないのかもしれませんが……。推しの推し方について推し自身と解釈違いが生じています!!!!なんて激ムズ案件で難しいねぇ本当に。でも思考停止することだけは愚の骨頂なので、これからも自問自答し続けていこうと思う。

 

 

前回のエントリーで『HAPPY』の歌詞を抜粋して紹介したのだけど、今回も同じように紹介するよ。落ち込んだり、怒ったり、泣いたり、それはもう数時間単位で気持ちがぐるぐるしていた数週間だけど、そんな中でも何回もBUMPの音楽が頭に浮かんだ。すごいな、わたしこんな時に浮かぶ音楽も結局BUMPなんだなって妙に感動したりしたので……。

 

終わらせる勇気があるなら 続きを選ぶ恐怖にも勝てる

 

まずは今夜遅くのポンツカをしっかり聞こうと思う。

 

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2020年9月21日、いまの気持ち

どうせいつか終わる旅を 僕と一緒に歌おう

BUMP OF CHICKENの『HAPPY』という楽曲の一節だ。

BUMPを好きになって以来、誰かの誕生日を迎えるたびにこの曲が頭に浮かぶようになった。BUMPの記念日には、ことさら何度も。

 

9月20日はBUMPのメジャーデビュー記念日だった。
朝起きていつも通りTwitterを見たら、トレンドに『#BUMPメジャーデビュー20周年』の文字を見つけてめちゃくちゃ微妙な気持ちになった。例の報道以降、BUMP OF CHICKENの名前は思わぬ形で注目されている。だから、たとえハッシュタグ自体はポジティブなものだったとしても、今、このタイミングでトレンドにBUMPの4文字が並ぶのは悪手ではないのか、と思ったからだ。とはいえ、それでも何かしらの気持ちでエールを贈りたいというファン心理も十分に理解できるし、そんな方たちの気持ちに違和感を抱く自分自身にも嫌気がした。とにかくあの日以来、気持ちの落とし所はまだまだ見つけられずにいる。わたしの大好きなバンドがこの先どうなるのか、どうするのか、それをどんな心境で待てばいいのか……悩んでは落ち着き、落ち着いていたかと思えばふとしたきっかけで涙がじんわり溢れたりもする。そんな中、彼ら唯一のレギュラーコンテンツであるラジオ番組『ポンツカ』の休止。この休止が公式に告知されなかったことが、ゆらゆらしていたわたしの気持ちにダメ押しパンチを食らわせた。「もしかしたら、わたしが思っている以上に事態は悪い方に向かっている……?」そう思った瞬間に、なんだかいろいろダメになった。とにかく終わらないでほしいという気持ちが溢れた。溢れて、でもだからと言って何かが変わったわけでもない。結局そういうことなのだろう。わたしは彼らのファンだから、あんなことがあったけど、今日だって彼らの曲を設定している目覚ましアラームで朝を迎えた。とにかくもう待つしかない。きっと時間が経つことで見えてくることもある。

とは言えせっかくブログをやっているし、好きなバンドが炎上することなんて滅多に無いから(笑うところです)オタクはオタクらしくお気持ち表明エントリーでも書くことにする。いつも以上に思考の垂れ流しになるでしょう。

 

 

例のニュース記事を読んで最初に思ったことは「まぁ、らしいっちゃらしいな」だった。彼らのことを思うなら記事のPV数に貢献すべきではないだろうけど、好奇心に勝てず隅々まで読んだ。LINEのスクショもめっちゃ見た。ごめんなさい。そして、その後は怒涛の共感性羞恥。当事者でも何でもないのに、もうあらゆる面でなんとまぁ不憫な……と思ってしまった。そしてそれ以上に「ダセェな」と思った。今まで不倫で炎上する有名人を見るたびに「ダセェな」と思ってきたので、その中に自分の大好きなバンドのメンバーが仲間入りしていつもの8倍くらい「ダセェな」って思った。「バカだなぁ」とも思った。「何やってくれても構わないからせめてバレないようにやってくれよ」ってめちゃくちゃ思った。

記事によれば、語られた出来事自体は3〜4年前のことらしかった。3年も前のことを今さら、と相手方を非難する感想もいくつか見つけた。でもわたしにとって3年前ってめちゃくちゃ最近の出来事だと思えたので、その事実が今でもジワジワと心理的ダメージになっている。だって3年前って、わたしめちゃくちゃBUMPのツアーに行ってたときなんですけど。PATHFINDER静岡公演のチャマの誕生日当日だってプレゼントBOXにバースデーカード突っ込んだんですけど。だから何?って話だけど、たとえばオタク友達と「○年前の今日はどこどこのライブ行ってたよ」ってLINEを送り合うようなわたしにとっては、そんな思い出に余計な雑音入れられちゃったなぁ……とか、どうしたって考えてしまう。これから先のポンツカで、チャマがリスナーからの恋愛相談に真摯に答えていても「とはいえなぁ……」とか思っちゃうかもな、という可能性に気付いてしまった(そもそもポンツカが復活するかも不明ですが)。こうやって、今までの思い出とかこれから思い出になるかもしれないことに、余計な雑音が一つ加えられてしまった。もしかしたら、今回の騒動がなかったら実現していたことが立ち消えになってしまっているかもしれない、そんな可能性にも気付いてしまった。そのことが結構キツイ。

 

アーティストが何か問題を起こすたびに『作品』と『作り手』の扱いが話題に挙がる。そういった事象を目にするたびに、作品と作り手は分けて考えてあげるほうが理想だろうけど、多分わたしにはそれは無理だな、と思って生きてきた。これは、所謂、公開中止/販売中止というような社会的な対応の話ではなく、あくまでわたし自身が理想とする心理的な対応の話である。『作品に罪はない』ということは尊重される意見であろうとは思うけど、わたしの中ではそんな風に割り切れないだろうなぁ……と常々思ってきた。そして、いざ、自分がそのような状況になって、やっぱり割り切れないでいる。そして、この割り切れないことこそが『BUMPの望む〈音楽〉の理想形ではない』という事実に正面から向き合うことに繋がるのも結構ツライ。
BUMP OF CHICKENというバンドは常に『楽曲至上主義』というスタンスを貫いてきたバンドだ。だからこそ、本来、彼らにとってBUMP OF CHICKENの4人がフォーカスされることはきっと本意ではない。しかし、わたしはどうだろう。わたしは彼ら4人を含めてBUMP OF CHICKENのファンになった類の人間だ。だから、それらの関係性が如実に表れるような場であるポンツカが大好きだし”彼ら4人だからこそ”という要素についつい食いついてしまう。ここ数年、明らかにBUMP OF CHICKENというバンドが持つバックボーンをフィーチャーしたようなコンテンツが増えてきていても、喜んで享受してきた。なので、今、この状況で思わぬダメージを受けている自分自身に対して後ろめたい気持ちを抱いてしまう。結局、わたしの求めるBUMP OF CHICKENへの想いと、彼ら自身が追求しているBUMP OF CHICKENの理想には、大きな差があるんだよなぁって改めて痛感した。
でも、だからこそ、チャマに対して「ダセェな」と怒りにも近い感情が湧いている。あんなに楽曲至上主義っぽいこと言い続けてきたのにね、と思ってしまう。『リボン』を初めて聴いたとき泣いたって言ってたじゃん、誰よりも藤原基央の作り出す楽曲のファンは他メンバーだったはずじゃん、自分で雑音引き連れてきちゃってるじゃん、と思ってしまう。オタクはね、自分の好きなコンテンツを布教する生き物なんだよ。例えばこの先、わたしが誰かに「BUMPの曲すごくいいんだよ」って教えてあげても、今回の件が引き合いに出されちゃうかもしれない。それってすごく悲しいよ。「でも作詞作曲してるのは藤原基央だから……!」って返せばいいのかよ。違うだろ、4人でBUMP OF CHICKENなんだろう?頼むよ、4人でBUMP OF CHICKENなんだよ。

 

 

BUMP OF CHICKEN、どうなるんだろう。
例えばこの先、ライブ開催が告知されたとする。きっとわたしはめちゃくちゃテンション上がるだろうし、喜んでチケット確保に向けて動き出すだろう。そして、ライブが始まって、ステージ上で演奏するチャマを見て、どう思うだろうか。チャマが嬉しそうにベースを弾く姿が大好きで、そんなチャマの笑顔を見るたびに「あぁ幸せだなぁ……」って何度も涙を流してきたけど、その気持ちはどう変化するだろうか。変化しないだろうか。まったく想像できない。

個人的な希望をいうのであれば、金輪際、今回の件には触れてほしくないのが正直な気持ちだ。謝罪されても、どんな気持ちで聞けばいいのか分からないし。迷惑を掛けられたという意識もない。何も知らない外野に「BUMP大変だね」的なことを言われる面倒臭さはあるけれど。だから、今まで通りのBUMP OF CHICKENでいてほしい。それをどう受け止めるのかは、受け手側の自由だ。


とりあえずわたしは、近々、彼らが主題歌を担当している青春恋愛映画を観に行こうと思う。いちファンによるささやかなる支援の課金だ。どうしてだか、こういった時に「せめてもの罪滅ぼしだ」と謎の使命感に駆られてしまう。あまり興味を持てないであろうジャンルの作品なので足を運ぶつもりはなかったけど事情は変わった。行くぞ、わたしは!純愛映画ドンと来い!!!!

 


今日、『ヒルナンデス!』を見ようとテレビを点けたら、たまたまお昼のワイドショーで例の記事が取り上げられていて思わず電源を切ってしまった。おいおい余計なことしてくれるなよ、と心底イヤになった。そういう雑音に、BUMP OF CHICKENの音楽はこれからしばらく(下手したらこの先ずっと)晒される。結構しんどいね。

 


冒頭で紹介した『HAPPY』では、こうも歌われている。

終わらせる勇気があるなら 続きを選ぶ恐怖にも勝てる

今は、この一節に支えられている。 

 

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『卵巣嚢腫(らんそうのうしゅ)』の術後1年が経った。

ようやく梅雨が明けた。
今年はコロナ禍でどうにもこうにも季節感がわかない。Googleフォトが過去の写真を教えてくれるたびに(過去にアップロードした写真を勝手に収集してInstagramのストーリー機能のように表示してくれる)、それらを見て「あぁ、去年の今頃は……」なんて思い出に浸ったりしている。昨年も一昨年もそれより前も、たいていの場合、今頃の時期は夏フェスの写真がまとめられていて、そのたびに脱力感に襲われる。今年は何も楽しみがない。本当に。ふいに「なんかおもしろいことないかなぁ」と呟いてしまったときには、さすがに三十路を過ぎてこんな心の声が漏れ出るとはと少し笑ってしまった。
とにかく日々を淡々と過ごしていきましょうね、皆さん!

 

さて、こんな弱小ブログですが、ありがたいことに時たま読者の方からコメントを頂くことがある。
今までのエントリーで特に多くのコメントを頂いたのは去年の『卵巣嚢腫(らんそうのうしゅ)』の摘出手術を受けた。である。
手術をしてから1年が経ち、もしかしたら誰かの助けになるかもしれないのでじぶんなりにその後のアレコレを書いておこうと思いました。
あくまで個人の術後の経過やそれにまつわる感想であることをご承知ください。

 

・日常生活について
手術前と比べて一番の変化は毎日の服薬である。術後から子宮内膜症の再発と子宮筋腫の悪化防止のために低用量ピルを服用している。服薬期間21日+休薬期間7日の28日間を1区間として、ひたすら薬を飲み続けている。
当初は超低用量ピルを服用していたが、軽度の不正出血があり(詳細は後述)、担当医と相談の結果、昨年末から低用量ピルへと切り替えた。平日は朝食後(だいたい朝の7時頃)に服用しているが、休日となると起床時間にバラつきが出てきてしまい、夕方になって「あ、飲み忘れていた!」なんてハッとすることがたびたびあった。ここ最近は休日でも8〜9時頃に一時起床して服用、その後、二度寝というかたちに落ち着いている。ほんとうは毎日同じ時間に飲むことがベストらしいが、果たして医療における『同じ時間』の定義とはどの程度厳格であるべきなのか。じぶんなりにいろいろと調べて「まぁ2時間くらいの誤差はアリだな」という結論に落ち着いた。根拠はないです。毎日のことなので、それくらいのゆるさは許してくれ、と誰かに言い訳しながら習慣化を図っている日々。

 

・低用量ピルと不正出血について

術後、最初の月経から超低用量ピル(ULD)を服用していた。具体的には術後はじめての月経開始後、2・3日目から飲み始めるものだ。

服用開始後数ヶ月は月経予定日の1週間前くらいに月経終わりのような軽めの出血がありその状態が2〜3日継続、やや落ち着いてほぼ予定日通りに通常の月経が始まる(だいたい5日間〜1週間で終わる)という状態を繰り返していた。低用量ピルの服用を開始すると、体が薬に順応するまでは月経不順が起こることも多いらしいので気にせず飲み続けていたのだが、症状が3ヶ月以上続いたこともあり、担当医と相談のうえ超低用量ピルから低用量ピル(LD)へと切り替えた。そちらも少し不正出血があったりしたが、少しずつ量は減っており、最近は月経開始予定日の1週間前におりものに少し経血が混ざる程度(おりものシートで対応可能レベル)という感じまで落ち着いた。担当医に相談したところ、そこまで気になるレベルの不正出血ではないのでこのまま続けよう、ということになった。まだまだよく分からないけど、わりとあっけらかんとした性分ということもあり、「まぁそんなもんかな」と受け入れている。

病気になるまで生理不順や重度の生理痛などとは無縁の生活だったので、そこらへんの知識に関しても無頓着に生きてきたし、かかりつけの婦人科すらなかった人間なので少しずつ学びながら前進している感じである。

 

・低用量ピル服用による体調面の変化について

低用量ピルを飲み始めてからの体調的な変化も特に目立ったものはなく、もしかしたら以前より少し平熱が高くなったかしら?程度のものである。とはいえ、そもそも健康な状態での体温を毎日測っていた訳でもないので、コロナ禍において毎朝の検温が日常となり「あれ、わたしの平熱ってこんなに高かったのか」と感じた、くらいのフワッとしたものだ。以前(手術前)までは平熱を36.3度くらいだと自認していたけれど、ここ最近は36.8度前後であることが多い。あとはとにかく意識して水分を摂るようにしている。低用量ピルの副作用に血栓症があり、とにかくそれにビビりまくっているのです。血栓症こわいよぉ。

それ以外に特筆すべき変化はないかな。もとからそこまで重い生理痛に悩まされていたわけではないので「低用量ピルの服用によって生理痛が軽くなった!」といった感想は持ちようがない気もします。

 

・術後の傷や痛みについて

傷跡に関しては意識して探さないと分からないのでは?レベルまで薄くなっている。おへそ下の傷だけは他より少し目立つかな?程度。

あとは手術によりダメージを受けた箇所が明確に意識できるようになった。これはなかなか他者には伝えることがむずかしい感覚かもしれないが、いまだに左右の卵巣あたりに空気が溜まったりする感覚がときどきある。そして、その空気が抜けるときに若干の音が鳴る感覚もする。お腹が鳴るような感覚が卵巣あたりで起こる、みたいな感じ。ちょっと不思議な感覚です。そして音が大きく鳴ってしまうと恥ずかしくもある。

そういえば術後数ヶ月は下腹部に若干のしびれが残っていて感覚が麻痺している状態が続いていたのだけれど、そしてそれがなかなか改善しないので「これは一生治らないのではないか」と不安に思ったりもしていたけれど、いま、確かめてみたらそれもほぼなくなっていることに気づいた。つねったらちゃんと感じる!やはり手術の程度は軽かったとはいえ、体内の臓器を弄ることには変わりないので回復にはそれなりに時間が必要なのかもしれない。

あとは、筋トレ(腹筋など)をするとあからさまに手術箇所への負担を感じるようになった。筋肉痛の軽いバージョンが卵巣で起こる、みたいな。これはもう確かめようがないのだけど、とにかく卵巣(あくまで感覚としての卵巣)周辺で起こる感覚の変化に過敏になった気がする。じぶんの体なのに少し不思議。

 

とまぁこんな感じで、日常生活で不都合なことはほぼないです。薬を飲む、というタスクが追加されたくらいかな。あとは数ヶ月に一度の通院がめんどうだなぁ……くらいのものである。

 

最近よく思うことは「今年じゃなくてよかったなぁ」ということだ。昨年のうちに爆発してくれてよかったぜ、我が卵巣嚢腫。お薬とも病気ともまだまだ長い付き合いになりそうだけど、うまく付き合っていきたい。

 

おわり。

 

▼手術に関する記事はこちら

『卵巣嚢腫(らんそうのうしゅ)』の手術を受けるために入院するまでのこと。 

『卵巣嚢腫(らんそうのうしゅ)』の摘出手術を受けた。

 

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BiSH『オーケストラ』ライブ映像が超最高だから見てほしい。

BiSH

5月初頭、突如としてBiSHの某動画にめちゃめちゃハマって1日5回以上視聴する行為を1週間ほど続けたのでその感想を書きます。

 

そもそもBiSHの『オーケストラ』という曲を知ったのはリリース時のことだ。その当時勤めていた会社では作業BGMとしてラジオを1日中流すという文化があり、たしかその時はパーソナリティのオススメ的な感じでBiSHの『オーケストラ』が紹介されていた。妙にしゃがれた声がカッコよくて、オンエア楽曲をソッコーで調べたのがわたしとBiSHの出会いである。当時、すでに型破りのアイドルとして界隈では話題になってたようだが、アイドル文化に疎かったわたしは「なーんとなく聞いたことがあるかなぁ〜〜〜?」程度にしか存じていなかった。その日の帰りの電車の中で『オーケストラ』のMVをYouTubeで発見し、何度も繰り返し再生、「やっぱり最高にカッケー!そしてなんでこんなに切ない気持ちになるんだぁぁぁぁ」とめちゃくちゃ感動した。それまでアイドルにハマるという経験をしていなかった人生なので、まさかじぶんがアイドル曲にここまで衝撃を受けるだなんてけっこう衝撃体験だった。あまりにも『オーケストラ』という曲の魅力にずっぽしハマったわたしは、その日の晩に風呂に入りながら『オーケストラ』をAppleMusicで購入。ちなみにアイドルの楽曲を自分で購入したのは後にも先にもBiSHの『オーケストラ』だけである。
ちなみに当時のブログにも書いてた。

【音楽】ドリカムのライブに行った感想や、BiSHとかofficial髭男dismのこととか。

 

さて、そんなこんなでBiSHと出会ったわたしだが、その後の彼女たちの活動には特に興味を示さず(すまん)。それでも自分が行く予定のフェスに彼女たちの出演が決まってたりすると「BiSHも出てるのか、見られたらいいなぁー」と思ったりする程度には気にかけていた。アメトーークのBiSH大好き芸人も見た。あとBiSHのアイナちゃんは『水曜日のダウンタウン』に出演したりしてもいたので、たまに気になって彼女のTwitterを覗いたりもしていた。ちなみに『モンスターハウス』に出演していた女性が『オーケストラ』のMVに出演していた彼女だと知ったときにはマジで驚いた。世界は狭い。

そして2020年、世間はコロナ禍へ……。小池都知事がSTAY HOME週間を呼びかけたこともあり、5月初頭の首都圏の電車は超快適空間となっていた。行きも帰りも座れる通勤電車マジで最高!!!行きの車内は足りない睡眠を補う時間となり、帰りの車内ではYouTubeで気になる動画を見漁る毎日。そんな日々のなかで、数年ぶりにBiSHの『オーケストラ』を見たくなった。さっそく検索ウィンドウに【BiSH オーケストラ ライブ】と入れてレッツ検索!!!そう、何を隠そうライブ動画大好きマンのわたし。お気に入りの曲があればMVよりもライブ動画で楽しみたい派なのです。
……なんと!新規のライブ動画が投下されている!さ、さ、さ、最高かよ〜〜〜〜〜〜〜

それはBiSH初の大阪城ホールワンマン公演で披露された『オーケストラ』のライブ映像だった。もうそれはそれは本当に最高すぎて、なにが最高ってライブ映像なのにこんなにも美しくドラマチックな映像に仕上がるのかよ!!?!って疑いたくもなるくらい圧倒的な完成度。これぜったいライブ映像って見せかけただけの台本ありの映画だろ!!?って思ってしまうほどの映像美。こんな完ぺきなカット割りがライブ映像で存在するんです???するんです。したんです。


まずはこの最高映像をとにかく見てくれ。

 

この映像、なにが素晴らしいってBiSHそれぞれの表情がめちゃくちゃ洗練されてることである。
2020年6月時点でYouTubeに公開されてる『オーケストラ』の公式ライブ映像は2本あって、そのうち1本は今回の大阪城ホール公演、そしてもう1本はこれより以前に収録された日比谷野外音楽堂でのライブ映像だ。日比谷野音のパフォーマンスももちろん素晴らしい。しかし大阪城ホールでのパフォーマンスは、それと比べても圧倒的に個々の表現の強さがレベルアップしまくりじゃん!!!となる。

 

ちょっとここからは超個人的な解釈で進んでいくのでムダな争いを避けるために前提条件を書いておきます。
・そもそもBiSHについて詳しくない
・BiSHメンバーそれぞれについても全く詳しくない(メンバーの顔と名前はギリギリ一致してる)
・セトリ1曲で何時間もライブ演ったことあるらしいことは知ってる
・いろいろトンチキなイベントいっぱいやってるっぽいことも知ってる
・メンバーの名前が変わっていて覚えるの大変
・アイナ・ジ・エンドがBUMPファン
・でも『オーケストラ』という作品がめちゃくちゃ好き
なのでガチオタクの方からしたら「ぜんぜんちげぇよ!」って思うかもしれないけど、わたしはわたしの思ったことを中心に今回のエントリーを書き上げたい!と思ったので、その勢いで進めます。
※すべての感想はあくまてわたし個人の感想であり、彼女たちを取り巻く環境の変化とか心境の変化とかその他モロモロは何も考慮せずに書いたオタクの自分勝手な解釈であることをご理解してくれよな!!!仲良くしてくれよな!!!!!

 

まず初っ端のセントチヒロ・チッチのMCが実に良い。

「大阪のこの空を超えて響き続けますように(ひと呼吸おいて)『オーケストラ』」

……うっ、これだけでちょっと泣きそうになってしまう。
そこから彼女のソロで静かに始まり、タイトル通りオーケストラ風アレンジの壮大なイントロへと続く。何度聴いてもこの楽曲はマジでイントロから最高すぎる。めちゃくちゃ美しくて胸に迫るようなメロディで人々の心を一気に掴み、センチメンタルの沼に無理やり引きずり込むような魅力がある。もうこのイントロを聴くだけでドラマチックなイントロ好きオタクの心は鷲掴みにされてしまいますよ。

 

▼最初の注目シーンがこれ(1分01秒頃)※以下カッコ内におおよその登場時間を記載

抱き合うアイナ・ジ・エンドとリンリン

イントロ中に笑顔でリンリンに抱きつくアイナ・ジ・エンド。もうこれだけでなんかよく分からない感情が込み上げてきて「ゔっっ」となってしまう。アイナ・ジ・エンドはクールキャラだと勝手に思い込んでいたので、彼女がパフォーマンスしながらこんなに楽しそうな表情をするだなんて!!とまぁまぁ衝撃を受けた。それにしてもあまりにも楽しそう過ぎる。親戚のおばちゃんみたいな気持ちで(良かったね、こんな大きな会場で、こんなにたくさんのファンに囲まれて……ほんとに良かったね)みたいな感謝の想いを抑えられなくなる。

 

▼優しすぎるリンリンの表情を見てくれ(1分18秒頃)

聖母のように静かに微笑むリンリン

おいおい、このリンリンの表情あまりにも優しすぎでは。

わたしが大阪城ホール公演の『オーケストラ』が大好きな理由はライブ映像なのにストーリー性を感じるから。そしてそこにはリンリンによる働きがめちゃくちゃ大きい。とにかく今回のリンリンはマジですごい(いや他のリンリンをほぼ知らないから説得力皆無だけど)。ダンス中の所作から表情から、もう全てに意味を持たせてしまえるくらい圧倒的に『女優』です。アイドルと呼ぶにはあまりにもパンクすぎるヘアスタイルしてるし、テレビで見かけても(主にバラエティ系)無口だし「この子、いろいろ心配になるなぁ」とか思ってごめんな!!!すべてはリンリンのセルフプロデュースの賜物だったんだね……こんなに優しく美しく微笑まれたら泣いてしまうよ。でもアイナは泣いてないからやっぱりプロフェッショナルだ。「リンリン、ガラスの仮面をかぶるのよ(意:演技のお仕事やれ)……」とわたしの中の月影千草が言っている。

 

▼強いアユニ・D(1分36秒頃)

アユニDの強い眼差し

おい誰だよ、アユニ・Dのこと影で『自信なし子』って呼んでたの。わたしだ、すまん。アユニ・D、いつの間にこんなに強い眼差しをするようになったんだ!!!!わたしが知ってる日比谷野音で歌っていた君は声も弱々しくて「大丈夫かこの子」って心配になるレベルだったのに!!!!めちゃくちゃ歌上手くなってるじゃないか……すごいぞ、アユニ・D。(親戚の)おばちゃん驚きのあまり初見のときは一時停止しちゃったよ。同じ曲なのに日比谷野音のときとは大違いだ。こんなに力強いパフォーマンスできたなんて……ふざけんなよアユニ・D。

おい、アユニ・D。そういえば君、いつの間にか楽器を持ったバンドを組んで、あろうことかNUMBER GIRLの『透明少女』を歌ってただろ。あんまりじゃないか、アユニ・D。ナンバガの映像漁ってたら君が歌う『透明少女』が出てきて、口上から完ぺきな演出だったから、おばちゃんクソデカエモ感情が爆発したぜ。音楽は続いていくんだな、ありがとうアユニ・D。

 

『透明少女』を歌うアユニ・D。

 

▼オタクをロックオンするハシヤスメ・アツコ(1分54秒頃)

獲物をロックオンするハシヤスメ・アツコ

や、やられた〜〜〜〜。とスマホ持ったままエビ反りしそうになった。カメラ目線で目潰し繰り出しながら〈時がそっと睨んでる〉って歌い上げるハシヤスメ・アツコ最高にカッッッッッッッコいいからみんな今すぐ見てくれ。王者感凄まじいから。何度見ても「たまんね〜〜〜〜〜」ってエビ反りしてしまう。

 

▼突然のセカオワ(違う)(1分56秒頃)

セカオワではない

せんせーい、BiSHにセカオワがいまーす!と挙手しそうになったのはわたしだけじゃないはず。金髪で鍵盤叩いてたらそれはもう十中八九セカオワじゃん!と思ったけどぜんぜんセカオワじゃなかった。俗に言うバックバンドの方なのだが、この方の演奏する姿も『オーケストラ』が紡ぎ出す壮大なストーリーに欠かせない。サビ直前の「ジャンジャンジャンジャン」て刻まれる和音がマジで最高にエモです。金髪振り乱して鍵盤鬼叩きする姿がリスナーのテンションをブチ上げてくれる。最高。

 

▼最高オブ最高のサビ(特に2分5秒頃)

会場中を見渡しながら歌うアイナ・ジ・エンド

あーーーーーー、もうサビに至っては全編に渡って名シーンのオンパレードでどの瞬間も絵になりすぎる。そんな中でも会場中を見渡すように歌うアイナ・ジ・エンドはマジで神。〈その手と手繋いで 笑いあった声 忘れはしないよ〉と会場の端から端まで目線を移しながら歌う彼女を見て、当日の現場にいたオタクは何を想ったのだろうか……。完全外野のわたしには、まるでデビューから支えてきてくれたファンへの想いをそのまま歌声にのせて届けようとしているように感じたんだ。だってどう考えてもアイナのあの表情には楽曲の持つ本来のメッセージ以上の想いを感じたのだから。わたしが現場にいたなら間違いなく膝から崩れて号泣している。今だってパソコンに向かいながら鼻水を垂らしているし。サビを歌っているアイナは本当に強くて、とてもとても美しいです。大好き。

 

▼からの、これ(2分11秒頃)

からの、これ

う、美しい……!アイナ・ジ・エンドのダンスはとにかく指先までが美しい。指先だけでこんなに雄弁になるだなんて。振り付けって重要なんだということを痛感させられた。めちゃくちゃ美しいよ。

 

▼単純に好きです(3分9秒頃)

好き

わたしあれだわ。リンリンとアイナが笑い合ってるシーンが大好物なんだわ。シンプルに好きです。いつまでも笑い合っていてくれ!!!!!!

 

▼リンリン降臨(3分30秒〜34秒頃)

リンリン降臨

リンリン降臨

1番のハシヤスメ・アツコに続いて2番ではリンリンが歌う〈時がそっと睨んでる〉。そのコスチュームも相まって『降臨』感が凄まじい。この部分も日比谷野音のライブ映像と比べてみると腰抜かす。あの頃と比べると明らかに自信が漲っているではないか!!!!超カッコいいぜリンリン。こんな鋭い目線で睨まれた日には、オタクのハートは瞬く間に撃ち抜かれ、あっという間に身動きとれなくなります。BiSHのメデューサと呼ばせてくれ。というか勝手に呼ぶ。

 

▼ポスターにしよう(3分36秒頃)

眼光鋭いアイナ・ジ・エンド

エーーーーン、何度最高を更新するのか!!!!!!

〈この目と目合わせて〉って歌いながらのこの振り付け。完ぺきすぎて泣いちゃうよ。この部分はカメラのアングルもカット割りも最高すぎて泣いてしまいます。アイナの顔面に寄っていくアングル→大声で歌う会場の客→再びアイナのアップ(寄りすぎて目元以外がブレてるのも最高)→ステージ引きの画。たまらんな。ここでもアイナは会場中を見渡すように歌っていて、なんかもうそれだけで充分な気持ちになっちゃうんだよなぁ。何がこんなにも胸を打つのか。誰か教えてくれよ……。

 

▼仮面を被った女優(4分59秒頃)

熱演する女優リンリン

女優です、ホンモノの女優がいます。この瞬間のリンリンがガチで女優すぎて脳ミソ溶けた。こんなに美しいライブ映像を初めて見た。これがノンフィクションだっていうんだから『事実は小説より奇なり』なんてコトワザも生まれる訳です(?)。どんな素晴らしい映画にだってこんなに美しいシーンはなかなか出てこないと思う。それぐらいに、この瞬間のリンリンの美しさは神がかっている。わたしが月影千草なら白目になって顔にタテ線入ってる。とにかく見てくれよ。話はそれからだ。

 

▼21世紀最高の踏み込み(5分4秒頃)

サビに向かって踏み込むセントチヒロ・チッチ

サビに向かって踏み込むセントチヒロ・チッチ

今回の記事で挙げてるどのシーンよりも『分かってもらえないだろうけど分かってほしい』度がぶっちぎりNo.1の瞬間。『オーケストラ』ではアイナからセントチヒロ・チッチへと歌唱担当がバトンタッチするのがどのサビにも共通しており、そのバトンタッチの瞬間こそが個人的アゲアゲポイントである。そして、そのポイントを映像として完ぺきに残せているのがこの瞬間。ステージ後方からセンターに駆け出してきて〈やがて訪れたよね〉と歌い出すこの瞬間、右脚(観客側から見ると左脚)で力強く踏み込むセントチヒロ・チッチが大好き過ぎるのだけど誰か分かってくれる人いますか?たった一歩でこんなにブチ上がる踏み込み、わたしは見たことない。たった一歩でこんなに人の心を動かせるものなのかよ、すごいよチヒロさん。

 

▼ギャップ萌えの境地(5分47秒頃)

かわいいBiSH

ここまでずーっと強く美しい姿ばかり見せてきたのに最後の最後でこのポーズ。あまりにもカワイイが過ぎる。100点だよ……。

 

 

はぁ。いくつもの最高ポイントを文章にしてきたけれど、ぜんぜん伝えきれていない。やっぱり映像の素晴らしさを文章にするのってめちゃくちゃ難しいことである。

とにかく最初から最後まで『最高』のオンパレード。「カッコいい」「美しい」「強い」「かわいい」ポイントが引っ切り無しに登場するので感情があっという間に渋滞を起こす。何度見ても見切れないくらい見どころだらけのライブ映像。たった6分12秒で『BiSH』というアイドルが歩んできた日々に想いを馳せることができるだなんて……。ライブ映像とは思えないほどの充実感。

わたしは彼女たちの歩んできた日々を全く知らないけれど、それなのにこの6分12秒に多くのストーリーを感じてしまう。すごいアイドルだよ、BiSH。

 

ありがとう、BiSH。7月にリリースされるベストアルバムぜったい買うよ。楽しみにしています。

 

最後に。大阪城ホール公演のパフォーマンスを100倍楽しむためにも日比谷野音でのライブ映像を履修してほしい。

特に、この映像に関してはコメント欄も必読だ。コメント欄を読んで、このステージにまつわる素敵エピソードを理解した上で改めて日比谷野音でのライブ映像を見たとき、4分34秒頃にあなたの涙腺は間違いなく崩壊するだろう。

 

そして最後にもう1回この映像を見てくれ。彼女たちの成長を感じてくれ。

 

 

おわり。

ご覧いただき、ありがとうございました。

 

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日記_ラジオとかYouTubeとかPONTSUKAについて

オタクの皆さん、お元気ですか。
推しのライブに行くことを人生の基軸においている系のオタクことわたしは、元気です。
1月にあったThe Birthdayのライブを諸事情によりブッチしたため、2020年は未だどちらの推しにも会えていません。
あれほど「推しは推せるうちに推せ」と思っていたのに……
とにもかくにも今はひたすら耐え『歯ぁ食いしばって寝る(©岡村隆史)』しかありませんね。

ということでここ最近のことをダラダラ書きます。

 

■ラジオについて
ナインティナインのオールナイトニッポン』が『ナインティナイン岡村隆史オールナイトニッポン』に生まれ変わってはや数年、何やかんや擦った揉んだがありまして再び『ナインティナインのオールナイトニッポン』として再出発することに。生放送が収録放送になったり、頑なにハガキ制度を貫いてきたネタ募集もメール投稿が解禁になったりと、いろいろ戸惑うこともありますが、まずは番組が続いてくれたことがシンプルに嬉しい!しかもナインティナインが2人揃って。
ここ数年はぐるナイでも矢部氏のクビが続いており、今年から晴れて復帰したのに千鳥ノブにツッコミボジション押され気味では????と思うことも多々あったので、ナイナイの2人だけで進められるコンテンツに飢えていたのです……(千鳥ノブは悪くない)
件の事件があってからの数週は「ここは世紀末なの?」ってくらいヘビーな放送が続いていたけど、リニューアルを機に本来の姿へとちょっとずつ戻ってきてる感もあり、胸を撫で下ろしました。反省すべきことは反省し、マジメにふざける深夜ラジオをこれからも楽しみにしてます。
とはいえここ最近多く見受けられるような、思いっきり外野の人間が突然現れて前後の文脈関係なく「こいつは悪だ!!!!」と断罪し、血祭りにあげる世間の流れにはなかなかのしんどみを感じました。みんな、他人にはめちゃくちゃ厳しいんだね。
今回の件に際し、ありとあらゆるブログやツイートを目にしました。わたし自身、そもそもが岡村隆史のファンなので彼の発言を非難こそすれ人間性まで否定するような類のものにはめちゃくちゃ腹を立てていたのですが、とはいえ、わたし自身があまりにも世間のことを知らなすぎたという事実にも直面したので、そこからは問題の落とし所が分からなくなってしまいました。
まぁ、落とし所が分からなくなったからと言って思考停止をするのは愚の骨頂なので、あらゆる思考や思想に対して「こういった考えもある」というスタンスで幅広いインプット欲を持ち続けていきたいなぁーとは思います。

 

YouTubeについて
昨今のYouTuber文化にはまだまだ追いつけてないのですが、何やかんやと落ち込み気味の日々はYouTubeにたくさん救われました。中でもキュウソネコカミのボーカル・ヤマサキセイヤの運営する『ヤマサキセイヤの生』とお笑いカルテット・ぼる塾が運営する『ぼる塾チャンネル』には大変お世話になりました。どちらのチャンネルにも共通して『お料理動画』というものが存在しており、わたしは特にそれらの動画が大のお気に入り。自分がお料理動画好きな人間である、という発見も今回のおうち時間での収穫である。どちらもただただお料理しているだけの動画、しかもプロではないので味付けや彩りなどもガン無視。普段の生活の延長線上にあるような雰囲気がとても心地よかったです。

 

▼『ヤマサキセイヤの生』に於けるお気に入りの動画

 

▼『ぼる塾チャンネル』に於けるお気に入りの動画

 

■『PONTSUKA』について
緊急事態宣言の影響で、わが推しことBUMP OF CHICKEN唯一のレギュラーコンテンツ『PONTSUKA』も休止となってしまいました……。とても残念だけど仕方ない。とはいえ毎日の通勤時間とお風呂周りの作業(入浴・歯磨き・洗顔・ヘアセットetc)をポンツカを聞く時間に充てていた身としては新規コンテンツの供給がなくなるというのはなかなかツラかったです。幸い過去に録りためておいたものが300時間分くらいあったのでこの休止期間を利用してそれらを古いものから聞き返してみることに。さすがに10年以上前のものは彼らの発言があまりにも『若者たち!!!!!』って感じで謎の羞恥心に襲われました。あとめちゃくちゃ昔から増川弘明が「おっけぃ!」と言ってて「変わらんなぁ」と妙に感心してしまったり。改めて彼ら4人のコミュニケーションって強固な共通認識の上に成り立ってることを実感しました。だって何か阿吽の呼吸?というのか思考の展開の仕方がめちゃくちゃ似通ってたり、敢えて口に出さなくても相手が理解してくれるまでのタイム感みたいなものが、やっぱり一般のそれらとは違うように感じた。「すげーな!その時点で相手の考えてること分かっちゃうんだ!?」みたいな。ここ数年は彼ら自身も自分たちの育ってきた環境の特異性というか、あまりにも長い年数の上で成り立つソレが世間一般からどんな風に見られているのか、という点を自覚してるんだろうなぁーと感じることが多々あるのだけど(そしてソレが彼らを売り出す上でも強力な武器になっている)、10年以上前の時点ではまだそこら辺に無頓着というか……。今よりももっと言語化できていない空気感みたいなものがあって、それがなんかもう、すごい。ただただ、すごい。雑誌のインタビューかなんかでメンバーの誰か(全方位であやふやな記憶、すみません)が「昔はもっと4人にしか分からないような世界観で生きてた」みたいなことを語ってたし、某音楽ライターも「彼ら4人にした伝わらない言語で会話してた」みたいなこと言ってたけど、まさにそんな感じ。今では考えられないようなヒヤヒヤ感とかヒリヒリ感があって新鮮でした。


とまぁ、そんな感じでダラダラと自分なりの楽しみを見つけつつコロナ禍を過ごしております。今年の夏はフェスも恐らく全滅だろうし、何しようかなー……と考えたり。行くはずだったライブも公演中止や延期になって「推し事がないと金ってこんなに貯まるのか!!!!!!」と痛感する日々です。
ライブでしか会わないオタク友達と「来たるべき日に備えて今のうちに金を稼いでおこう」とエールを送り合っています。
来年の今頃には夏フェスの予定を立てながら「お金足りない〜〜〜〜」などと嬉しい悲鳴を上げていればいいなぁ、なんて。

 

めちゃくちゃ久々のブログ更新になってしまった。また少しずついろいろなことを書いていけるようになりたいと思います。

 

おわり。

ご覧いただき、ありがとうございました。

 

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『カナリヤ鳴く空』を観た夜のこと_「LIVE with YOU -TOKYO SKA JAM "8"」感想

LIVE with YOU -TOKYO SKA JAM "8"

喜びの度合いを表すことばは人それぞれだ。

シンプルに「うれしい」とする人もいれば、とても回りくどい表現やオーバーな言い回しを好む人もいるだろう。

ちなみに、わたしの場合は「発狂」ということばを使う傾向にある、と思う。調べたことはないけれどたぶんそうだ。自分の感情のキャパシティを超えた喜びを表現するとき「発狂」ということばをついつい使ってしまう。

さて、この場合の「発狂」は比喩である。何の前触れもなく突然ライブ会場でなりふり構わず叫び暴れたりしたのではなく、あくまで「発狂(するほどの喜びを感じた)」的な意味合いを含ませている。

ところが先日のライブで、文字通り「発狂」する経験をした。それこそ当時は発狂まっただ中であったため、そんなことは1ミリも考えていなかったのだが、後日改めて当時を振り返り"あの時のわたしはもしかしたら「発狂」と呼べる状態にあったのではないか"と思い至った。

 

当時とはいつか。

それは去る11月7日、東京スカパラダイスオーケストラfeat.チバユウスケによる『カナリヤ鳴く空』を初めて目の当たりにした現場のことである。

『現場』とはいかにもオタク感溢れるワードチョイスだが、なんというか、あの日のあの場所はとても「現場感」が強かったのだ。日が経つにつれ、貴重な機会だったとしみじみ思う。

 

という訳で、今日はあの夜のことを書きます。

 

スカパラのライブにチバがゲスト出演すると知ったのは9月のことだっただろうか。その頃のわたしは仕事で新たな案件を任されるようになり、先々のスケジュールがまったく読めない状況にあった。とはいえ、そこはオタクである。推しのライブが決まったら四の五の言わずにチケットを押さえる、チケットさえ入手してしまえば何がなんでもどうにかして行こうとするのがオタク……というかわたしなのだ。そんなじぶんの特性をじゅうぶんに理解しているので、サクッとエントリー。それに伴うアレコレは当たってから考えればいいやくらいに思っていた。

 

10月2日チケット当落日。こちらの心配をよそにエントリー1発目でチケットがご用意された。競争率が高いだろうなぁーと勝手に予想していたので、まさかこんなにもスルッとチケットを確保できるだなんて……うれしい誤算だ。ただ、手放しに喜んでばかりもいられなかった。とにかく仕事が忙しくなっていたのだ。毎朝始業時間の30分以上前に出社し、終電ギリギリまで働くという『転職後じぶん史上MAX忙しい状態』に突入したのである(とはいえ通勤に2時間近く掛かる埼玉県民なので終電といえども23時前、一般的に言われているようなブラック的なことではない。始業時間も10時だし。あくまでじぶん史上での話です)。どんなに平日残業を繰り返しても休日出勤だけはしまいと強く誓っていた身にも関わらず、土曜出勤をしてしまうくらいめちゃくちゃハードモードな毎日。食事を摂るタイミングを逃す日々を繰り返し、体重が2kg減った。ヤッタネ(もう戻った。現実 is 無情)!!!Twitterを開く暇もなくなり、The Birthday関連の情報もろくに追えなくなってきていた。

そうなってくると、どうなるか。推しごとをするためにお仕事しているようなもんである。ところがお仕事が忙しくて推しごとに手が回らなくなるという本末転倒な状況に……。すべてがどうでもよくなる日もそう遠くはないぞ、との嫌な予感が芽生え始めた。

オタク活動においてこの予感は非常にまずい。わたしはあらゆる情報を追っておきたいタイプのオタクであり、それらが疎かになるとめちゃくちゃストレスを感じてしまう。そして、それが最高潮に達すると何もかもがどうでもよくなってしまうのだ。それはつまりオタク活動休止を意味する。人によっては「そんなの純粋な好きとはちょっと違うのでは?」と思う人もいるだろう。わたしだってそう思う。しかし、わたしの場合は、推しはもちろん、推しを応援しているじぶん自身にも楽しみを見出しているタイプなので、そこに綻びが出てくると、色々な部分で歪みが出てしまう。じぶんの中でハードルのようなものがあって、それを超えていないのに「○○を好き」という状態である自身を許せなくなってきてしまうのだ。とにかくそんな感じの毎日に、ライブへの想いも徐々に弱まりつつあった。

とはいえせっかくの機会である。チバユウスケ沼にずっぽりハマって以来何度も何度もYouTubeで繰り返し見続けてきたあの『カナリヤ鳴く空』をライブで聴けるかもしれないのだ。腐ってはいけないとモチベーションを保ち続けるために踏ん張った。ライブ当日、どうにか前日までに仕事の算段をつけ定時ダッシュを決めた。こんな時こそ真のオタク魂が試される。あんなに連日残業をしていたのに、この日に限っては見事に定時で切り上げたのだ。素晴らしい!

 

事前に調べた通りのルートで会場である新木場スタジオコースト(以下コースト)へと急いだ。最寄駅である新木場駅に着いた頃には開演時間の19時を少し過ぎていた。足早に会場へと向かう。ようやく到着し、ロッカーへと荷物を預け、場内へ。すでにスカパラによる演奏が行われていた。コーストといえば東京近郊でもメジャーなライブハウスである。あの外観のビルボード(でいいのか?)は憧れの存在だ。とはいえ、わたしはその日までコースト内部に足を踏み入れたことがなかった。過去にBUMPのライブがあり、当然のようにチケット運に恵まれなかったわたしは、諦めきれずにただコーストの外観を撮るためだけに当時の勤務地である埼玉県川越市からコーストへ行ったことがある。その日、会社を出発したのは18時過ぎだ。アホである。目に涙を浮かべながら『BUMP OF CHICKEN』と記された憧れのビルボードの写真を数枚撮り、数時間前までは多くのファンに囲まれていただろうツアトラの写真を何枚も撮影して帰路に着いたあの夜をわたしはきっと忘れないだろう。

 

そんな訳でコースト内部に関する知識が明らかに足りていなかった。まだ見ぬ未開の地へ足を踏み入れたとき、人間という生き物はとにかく奥へ奥へと進んでしまうのだ。ステージ上手側の入り口から入った時には、すでに前方フロアはお客さんで満杯となっており、後方からの視界もかなり厳しい。こんなのではダメだ!とただただ下手側に進んでいった結果、ついに壁へと突き当たってしまった。マジかよ…… 最悪のポジショニングである。客がギッシリでステージが全く見えない。良かれと思って前方へ進むも状況は悪くなるばかり。前には男女2人組、しかもわたしの真ん前には男性の頭が…… 完全にステージへの視界が遮られていた。チバはまだ登場していないのだろうか。もしチバが登場してもここからだと何も見えないのではないか。様々な不安が次々と脳内を通り過ぎていった。

スカパラによる演奏が数曲あり、軽いMC。良かった、どうやらまだゲストは一人も登場していないようだ。ひとまず最悪のポジションではあるけれど、ドサクサに紛れてどこかのタイミングで好ポジションを確保するしかなさそうだ。

 

そうして今後の計画をぼんやり企てているうちに一人目のゲストアーティストであるコムアイが登場した。

ステージセンターの一段高い部分に突然の登場。いかにもゲストでーす!!!といった感じだ。まさかチバもあんな風に登場するのだろうか?あまりにも似合わなすぎる演出でちょっと笑ってしまいそうだ。

初めてライブで観たコムアイはとてもかわいかった。淡いムラサキ色のボリューミーなワンピースも、ふわふわのデカい帽子もとても似合っていた。とは言えポジショニング最悪のわたしである。人々の頭の隙間からときどき見えるコムアイしか確認できない。スカパラメンバーに至ってはほぼ誰も確認できない。こんなにもステージが見えないライブなんて初めてなのでは?というほどにマジで見通しが最悪だった。コムアイが歌う『美しく燃える森』に会場中が盛り上がっていても、わたしの思考の4割くらいは「このままではチバが見えない、どうしよう」という恐怖感に占められていた。まさしく上の空状態。ライブ中はターゲットただ一人にロックオン状態で楽しみたいタイプなので「音楽だけ聴こえていれば視界なんて(フッ)」みたいなライブ上級者の楽しみ方はまだまだできない。やっぱり大好きなチバユウスケの一挙手一投足をこの目で目撃しておきたいのだ。

 

その後、二人目のゲストアーティスト渋谷龍太が登場した。わたしは何とかステージが見えるポイントを発見し、渋谷がそのゾーンに移動したときのみ彼を視界に捉えることができた。ステージの全体像が未だに掴めていなかったので(なにしろ何も見えていなかった)、そのゾーンがステージのどこら辺なのかも良く分からない。何となくセンターよりちょっとだけ下手側のような気がする。渋谷はどちらかといえばステージ上をゆるやかに移動するタイプのアーティストなので、このゾーンにも1曲のうちに5回くらいは姿を見せてくれた。果たしてチバはどうだっただろうか……。The Birthdayのときはスタンドマイクだから動き回ることはあまりないけれど、ハンドマイクで歌うときはどうしていたっけ。盛り上がる会場をよそに、やはり思考の何割かは後に登場するチバへの視界確保のことで必死に過去の記憶を掘り起こしていた。

わたしには、何だかんだで渋谷龍太のライブを数回観てきた経験がある。いずれもThe Birthdayが出演したフェスでのことだ。これは本当に失礼なのだけど、彼がフロントマンを務めるSUPER BEAVERのライブを観ると「このアツさが若者の心を掴んでいるんだな」などと独特のMCに関心を向けがちであった。あと渋谷の衣装の柄シャツが毎回いい感じに派手で、そして彼は痩身なので痩身バンドマン好きとしては「(ビジュアル面での)シルエット最高やんけ。あと柄シャツいいな欲しいな」などと考えることが多かった。ところがこの日、スカパラの演奏で歌う渋谷を観て、改めて彼の歌唱力に驚いた。シンプルに「歌うまいなー」と感動したのだ。スカパラのコラボ曲の中でも人気が高いであろう『めくれたオレンジ』を見事に歌い上げていた。すごい。

その後も次々にゲストが登場する。高橋優は歌はもちろんMCでも会場を大いに沸かせていた。彼のライブも過去にフェスで2回ほど観たことがある。そのたびに「太陽みたいに歌う人だな」と思う。とにかく纏う空気がポジティブなのだ。マンガのように効果音をつけるなら『パーーン!』といった感じか。ファンの方には怒られるかもしれないが、ナオト・インティライミが放つ暴力的なまでの太陽属性をいい感じに薄めると高橋優になると思う。高橋優の太陽属性は我々にとってちょうど良い。ナオト・インティライミの太陽属性は時に暴力なので……。

 

次にステージに現れたのは04 Limited SazabysのGENである。ここら辺で気づいた、これはチバユウスケは大トリだな、と。そういえば二人目の渋谷龍太以降は会場下手に設置されたサブステージ的な場所からゲストが登場し、メインステージへと移動してきている。サブステージ上でピンスポットに照らされる彼らの後ろにはデカデカと名前が表示され、けっこう派手な演出だ。そしてわたしからとても近い。もしチバもここから登場するなら相当の近さだ。ステージへの視界が死んでいるわたしにとっては一縷の望みである。
さてGENの歌声を初めて聴いたわたしはその高音加減に驚いた。なるほど彼はこんな歌声をしていたのか!想像よりもずっと可愛らしい歌声であった。何しろこの日までわたしは『04 Limited Sazabys』を「ゼロフォーリミッテッド サザビーズ」と呼んでいたほどである(正しくはフォーリミテッド サザビーズ)。無知がひどい。GENの歌う『サファイアの星』はいい感じにchara声っぽくてとても良かった。MCでチバユウスケに絡めたネタを話してくれたのもとても良かった。3割りくらいの客しか反応していなかったけどわたしは声を出して笑ったぞ。

 

続いて登場したのはキュウソネコカミのヤマサキセイヤである。わたしはヤマサキセイヤが結構好きだ。ワンマンに行く勇気はないが、フェスでは何度か観ていて、そのたびに何かいいなぁと思っている。今年の夏にロッキンで観たときも何かいいなぁと思った。新曲(タイトル不明)には強く胸を打たれた。そういえば彼もなかなかの痩身バンドマンだ。そんなところも何かいい。そんなヤマサキセイヤは、この日、めちゃくちゃ緊張していた。それはライブでの彼を数回しか観たことがないわたしにも分かるほどだった。彼自身も気持ちが高ぶっている旨を語っていたが、その語り口からも緊張の度合いが伝わってくるほどに見事に緊張していた。

ところで、キュウソのライブといったら筋斗雲である。しかしわたしが今まで観てきた彼らのライブではそれが登場することはなかった。そもそもわたしが観た彼らのライブはいずれもフェスであった。そしてそのどれもが観客のダイブ禁止をルールとしていた。そうなると当然演者のダイブも禁止だ。なので、わたしは筋斗雲に乗るヤマサキセイヤを観た経験が一度もない。ところが、この日はMCの流れでその筋斗雲が登場した。どう考えても場違いであったし、そもそもキュウソネコカミをよく知らない人には何のこっちゃ分からない状況だったと思う。それでもわたしはあの筋斗雲を初めて生で見られたことに自分でも意外なほど感動していた。残念なことに、筋斗雲に乗っかるヤマサキセイヤを観ることはできなかったが、それはまた次の機会に。というかそろそろワンマンにも足を運んでみようか。どうやらキュウソは来年大がかりな対バンツアーを企画しているようなので、どこかでThe Birthdayと一発どうでしょうか?

 

そうしてあっという間に残すゲストアーティストはチバユウスケただ一人となった。

相変わらずわたしの視界はある特定のゾーンでしかステージを見ることができないままだ。どうか、チバがこのゾーンで歌ってくれますようにと願うばかりである。そしてどうかどうか『カナリヤ鳴く空』を歌ってくれますように。


次々と引っ切り無しに続いたゲストアーティストによるステージがひと段落して、高まりまくった会場の熱気をやや静めるようにスカパラが『ゴッドファーザー 愛のテーマ』の演奏を始めた。ここで勘づく人も多かっただろう。いや、チバユウスケのファンであれば誰もがピンと来たに違いない。しかし『カナリヤ鳴く空』を間もなく観られるかもしれない謎の緊張と、そんな貴重な場なのにチバユウスケの姿が拝めないかもしれない吐きそうな不安にぐるぐるしまくっていたわたしは、そんなニクい演出にもまーったくピンと来ず「スカパラってこんな曲もカバーしてたのかぁ」とノン気に構えていた。クソ過ぎる。『ゴッドファーザー 愛のテーマ』といえば、かつてチバユウスケが在籍していたバンドであるTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTの登場SEだった。きっとミッシェル時代からチバの音楽活動をリアルに追っていた方々にとっては堪らなかったのではなかろうか。そして、何となくだけど、こういったときに“当時”を知る人間と知らない人間の違いが出るよなって思う。何となくだけど、やっぱりその体験をしている人間としていない人間では想定外の状況に対する瞬発力が違ってくる気がする。まぁ、わたしが単にポンコツなだけかもしれませんが……。
スカパラの演奏に合わせて真っ赤な照明に染まるステージ。

 

その時は突然やってきた。あまりにも突然だった。

音楽でも動画でも今まで何度も何度も耳にしたあのイントロが突然演奏されだしたのだ。一瞬で体中の温度が上昇した。血液が沸騰し、あっという間にテンションは振り切れる。あまりにも突然のことに、声にならない悲鳴を上げ、両手を突き上げて何度も飛び跳ねていた、と思う。もう記憶もあやふやなのだ。とにかく体験したことないような高揚感に包まれて、笑いながらひたすら「ヤバい」とか「マジか」とかを連発していた気がする。イントロに合わせてステージ下手から現れるチバユウスケ。残念ながらサブステージは活用されなかったがそんなことは最早どうでも良い。その姿を視界に捉えた瞬間、初めて大声で「チバー!」と叫んでしまった。我慢ができなかった。体中を駆け巡る喜びをとにかく体外に放出しなくては、きっと耐えられなかったのだと思う。The Birthdayのライブに足を運ぶたびに、ステージに向けて「チバ!」と声を上げる方々がいる。そして、そんな様子にちょっとだけギョッとしてしまうじぶんがいる。やっぱり当人に対して「チバ!」と声を掛けることはなかなかに勇気がいる行動であるし、時と場合によってはライブの空気感をぶち壊しかねない。だから、ライブでステージに向けられる「チバ!」という呼びかけを耳にするたび、軽い嫌悪感(すみません石を投げないでください)と「わたしには無理だな」という気持ちを抱いていた。 だけど、この日だけは無意識のうちに「チバー!」と声に出していた。あまりにも異常なテンションだったのだろう。ライブ中ずーっとわたしの視界を遮っていた男性が後ろを振り返りわたしの顔面を確認してきた。申し訳ない!と心のなかで謝りつつも「だけどこの曲だけは許してください……」と脳内土下座を繰り返し、やっぱり相変わらずわたしはピョンピョン飛び跳ね続けた。ちなみに、それら一連の出来事に紛れてちょっとだけ視界が開けたと記憶しているが定かではない。

『カナリヤ鳴く空』を歌うチバユウスケは、それはもうバチクソにカッコ良かった。マグロックで初めてThe Birthdayのライブを観たときも、あまりのカッコ良さに「ヤバい」を繰り返す『チバユウスケヤバいbot』に成り下がったわたしだが、この日は「ヤバい」すら発せず、ただただニヤニヤしながら踊り狂っていた。もちろん視線はチバにロックオン状態で。これはファンの欲目かもしれないが『カナリヤ鳴く空』が演奏された瞬間から場内のテンションが異様な興奮状態に陥ったように感じた。それぐらいブッチギリ状態だったのだ。ライブ後に当時の状況を「ラスボス降臨」と評しているツイートを何度か見掛けた。まさしくそのとおり、間違いなくあの日のチバユウスケはラスボスであり無双であった。

高音になると顔を上に向けてキーを探るように手を上下させるチバも、〈さらばいつか逢おう〉部分で歌詞に合わせて片手を挙げるチバも、〈敵蹴散らし〉で蹴りを入れる仕草を真似るチバも……そのどれもがYouTubeで何度も観てきたあのチバユウスケに重なった。憧れの映像を、いま、まさしく目の当たりにしているのだという実感が確かにあった。今まで数多くのライブに足を運んできたし、大好きな曲をライブで聴くという経験も何度もしてきたが、この日のあの感覚はそれらとは明らかに違っていた。それは、仕事が忙しくて趣味に没頭できないストレスがピークであったことだったり、ゲストが入れ替わるたびに「次はチバか?」と焦れに焦らされた末の登場だったことだったり、それまでステージがなかなかに見えづらい状況であったというフラストレーションが極限に達していたことだったり、さまざまな要因が重なったせいかもしれない。しかし、やっぱり最大の要因は「きっともう観られないのだろうな」と諦めていた大好きな曲をライブで観られた、という奇跡だったのだろう。いくらコラボレーションをしたといってもリリースは20年近く前のことだし、現在のチバユウスケThe Birthdayとしての活動にめちゃくちゃ精力的だ。その上、何だかんだと色々な活動も並行して進行している。とにかくめちゃくちゃ働いている。だからこそ、スカパラと同じステージに立つチャンスなんてきっとないだろうな、と諦めていた。諦めていたというより、そんな日は来るわけないと共演を願うことすらしていなかった気がする。ただただ、YouTubeの向こうで盛り上がる光景を羨望の眼差しで見続けることしかできなかった。だからこそ、その経験をじぶんがしているなんて……!!!!やっぱり異常な興奮状態に陥ってしまうのも仕方のないことなのだ(ここまでが件の振り返った男性に対しての長い言い訳です)。どれだけ踊り狂っていただろうか、あっという間ですごく長く感じた時間も終わりを迎えた。わたしの隣りに立っていた小柄な女性もどうやらチバユウスケのファンらしかった。演奏中は、わたしと同じように体を左右に揺らしながらノリにノッていた。言葉こそ交わさなかったが、わたしは勝手に心のなかで「同志よ……」とガッチリ握手した。あの奇跡の瞬間を目撃できたわたしと貴女は間違いなく幸運でしたね!!!!!

 

あぁ、本当にカッコ良かった。ただただカッコ良かった。『カナリヤ鳴く空』のあとに、再びスカパラとコラボした新曲を披露してくれたのだけど、そんなことはオマケにしか思えないくらい、あの夜は『カナリヤ鳴く空』に支配されていた。行ってよかった、本当に行ってよかった。

 

アンコールで再び登場したチバユウスケがハットを被っていて、それも相当にカッコ良かったこととか、そんな彼が他のアーティストと横一列に並んで歌う姿に「こんな風にいかにもな演出もちゃんと参加するのね」と謎の感心をしたり、とはいえやっぱり他のアーティストに比べると後ろ向いたり横向いたり自由に歌ってるなーと思ったり、何より本当に楽しそうなチバの姿にこちらまでほっこりしたり……いろいろ盛りだくさんだったのだが、そんなこと『カナリヤ鳴く空』の前では些末なことである。

 

帰り道、抱えきれない興奮をただただTwitterにぶつけ続けた。こういう時に「ボッチはキツイな」と痛感する。この日ばかりはあの高揚感を誰かと共有したかった。帰り道でThe Birthdayファンと思われる人を見かけるたびに「ヤバかったですね!」と声を掛けたくなった。別に感想を語り合いたいとかそういうことではない。ただただ「ヤバいものを目にした」という事実を確かめ合いたかった。そして「あぁ、あの瞬間のあの状態を『発狂』と表現するのかもしれない」とじんわり考えたりした。きっとあそこまで全身が興奮に支配された経験は初めてだった。あの瞬間、間違いなくわたしは『発狂』していたのだな、と。

 

 

これがあの夜の出来事だ。

ライブからほぼ1ヶ月が経過してしまったが、初めての不思議な体験を文章として残しておくべきだよな!と勢いだけで書き上げた。というのも、明日(12月1日)あの夜のライブがスペースシャワーTVで放映されるのだ。映像として観てしまう前にじぶんの感覚だけを頼りにあの光景を残しておきたかった。やはり、映像として改めて観てしまうと記憶が上塗りされてしまうので。もしかしたら間違って記憶していることもあるかもしれません。それでもじぶんの視界が捉えた光景を文章にできて良かった。

 

ここ最近サボり気味だったブログですが、来年もマイペースに続けていきます。この記事が今年最後のエントリーになるだろうか。うーん、どうかなぁ……。

 

おわり。

ご覧いただき、ありがとうございました。

 

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BUMP OF CHICKEN『TOUR 2019 aurora ark』東京ドーム公演感想

BUMP OF CHICKEN auroraark 20191104


11月4日(祝)の東京ドーム公演をもってBUMPのツアー『aurora ark』がファイナルを迎えた。今回のツアーはドームとライブハウスを交互に回るような構成だった。

案の定、ライブハウス公演のチケットは当たることのなかったわたしだが(年齢制限でもあるんですかね!?)初日のメットライフドーム公演を皮切りに、ドーム公演すべてに足を運ぶことができた。

思い返せば前回のツアー『PATHFINDER』当時は、前職であり、仕事へのモチベーションが最悪の状態であった。そのため、生活のすべてをBUMPのツアーに捧げていた感もあり、結果的に11公演に参加するという家族いわく「心配になるレベル」で充実のオタクライフを送ることができた。たぶん、こんなにも参加数という意味で充実したツアーを経験することは、この先きっとないだろう。

 

しかし、状況は変わった。

 

転職をし、そう簡単に有給休暇を取れるような状況でもない。弊社はユルい環境なので、その気さえあれば休みを取得することもじゅうぶんに可能なのだが、それはあくまで仕事面でのスケジュールを考慮した上でのことであった。そのため、彼らのツアーが確定したときから、わたしの日々の願いは「どうか、ツアースケジュールが仕事にかぶってきませんように……」であった。そんな中、まさかの病気発覚である。この頃のわたしは、自らの身体と同じくらい、もしかしたらそれ以上に「BUMPのライブに行けなくなったらどうしよう」という不安に苛まれていた。病気発覚当時、すでに7月のメットライフドーム公演2日間、9月の京セラドーム公演2日間とナゴヤドーム公演2日間、さらに8月に予定されていた『ロックインジャパン2019』のチケットを確保していた。マジで休みなし状態でBUMP案件が控えていたのだ。何としてもライブにかぶらないように治療計画を立てなければいけない。めちゃくちゃ痛む腹を抱えつつも、考えることはBUMPのことだらけであった。

 

ちなみに闘病についてはこちらに詳細を記している。

『卵巣嚢腫(らんそうのうしゅ)』の手術を受けるために入院するまでのこと。

『卵巣嚢腫(らんそうのうしゅ)』の摘出手術を受けた。

 

ただでさえ仕事のスケジュールとツアースケジュールを調整しなくてはならないのに、そこに通院計画やら手術日程やらも考慮しなくてはならないのだ。ふだんは発揮することのないスケジュール調整能力を存分に発揮し、なんとかツアー初日と8月のロッキンに影響がでない日程で手術と入院の予定を組むことができた。術後約3週間ほどでの夏フェス参加は、家族、特に母親にはひどく心配されたが、根っからのオタクなので「行かない」という選択肢はわたしにはそもそもなかった。日頃から『どうせ死ぬなら、ライブの帰りに突然死するのが理想の死だ』と割りとガチで思っているのだが、こんなカタチで健康面とオタク案件を天秤にかける日が来るとは思わなかった。そんなこんなで足を運んだロッキンは最高に楽しく、幸せな1日となり「やっぱり夏は夏フェスだよな……」と強く思った。『夏フェス』という文化に出会って以降、夏が1年の中で最も心待ちになる季節となった。ありがとう夏フェス、ありがとうロッキン !!!!

 

 

話が逸れた。

そんなこんなで幕を開けたツアーもとうとうファイナルを迎えた。あんなに暑かったのに、もうこんなに寒い。今年の夏にアルバムがリリースされたばかりだし、しばらくBUMPの活動は静かになるだろう。日々の楽しみは毎週のポンツカくらいである。

 

さて例のごとく導入が長くなりすぎたが、東京ドーム公演の感想を残しておこうと思う。ブログを始めて数年が経ち、様々なライブの感想を記してきたが、どうにもわたしにはこれ以外の書き方ができないので今回も1曲1曲記憶をほじくり返しながら記していきます。

 

セットリストはこちら。

2019.11.4 @東京ドーム(※は11/3東京ドーム初日公演の演奏曲)

01. aurora arc
02. Aurora
03. 虹を待つ人
04. 天体観測
05. シリウス ※月虹
06. 車輪の唄 ※プラネタリウム
07. Butterfly(アウトロロングver.)
08. 記念撮影
09. 話がしたいよ
10. 真っ赤な空を見ただろうか ※ダイヤモンド
11. リボン
12. aurora arc
13. 望遠のマーチ
14. GO ※アリア
15. Spica
16. ray
17. 新世界
18. supernova
19. 流れ星の正体

Ec.01

20. バイバイサンキュー ※同じドアをくぐれたら
21. ガラスのブルースメーデー

Ec.02(藤原基央弾き語りからのサプライズ)

23. スノースマイル
24. 花の名

 

初日と2日目で微妙にセットリストが変わったが、どの曲にも思い出があるのですべての曲に対して何かしら記していくことにする。長くなるぞ〜!

 

 

01. aurora arc

オープニングSE。

アルバム『auroraark』1曲目に収録されているインストゥルメンタル。楽曲に合わせて、彼らが春に訪れたというイエローナイフでのオーロラ鑑賞のようすを記録した映像が場内スクリーンに映し出される。そして、その合間合間にバックステージで開演前の円陣を組む4人の映像が挟み込まれるという演出。この演出、当初は(少なくともメットライフドーム公演では)バックステージ映像は無音だったのだが途中から音声も流されるようになった。彼らはライブ前に言葉を交わし円陣を組んで藤原基央の「ニッケ」という掛け声で気合を入れる、ということをルーティーンにしている。ファンにとっては有名なことであるが、それを音声付きで目の当たりにする機会はなかなかないので、とても貴重な映像だった。あと、個人的にはイエローナイフの映像内でBUMP4人が横並びになりカメラに向かって両手を上げるシーンで、大きく手を振ってくれる藤原基央がとても良かった。もちろんわたしが、そんな藤原基央(映像)に手を振り返したのは言うまでもない。今回のツアーは初日のメットライフドーム公演から毎回、1人の友人と2人組で行動を共にしてきた。京セラもナゴヤドームも彼女と一緒に遠征し(とはいえ彼女は北海道民なので現地集合・現地解散なのだが)ライブ前後の楽しみである観光地巡りも彼女と共に行動した。しかし、残念ながらファイナルの東京ドーム2日間だけは、どうしても彼女の都合がつかず、そんなとき、他にライブに誘えるような友人もいないわたしは、初日は安定のぼっちで、2日目は母親を伴って参加した。そんな状況だったので、初日は初っ端から「あぁ、ずーっと2人で観てきたこの映像も今日は一人ぼっちだな……」と妙に感傷的になってしまいエグエグ泣いてしまった。

そういえばオープニング映像が流れているあいだ、会場内はオーロラを模した光の演出がなされていた。スモーク上にブルーやグリーンやムラサキの光が流れるように照らされていたのだが、この演出は2階席や3階席のような会場を俯瞰で見下ろせる席でないとなかなか目にすることが難しく、ツアー中盤でその素晴らしさに気づいたときには感激したものだ。アーティストに近い席のほうが価値があるとされることも多いけど、BUMPのライブは観客が腕に巻くPIX MOBを使った演出が多用されることもあり、ステージから遠い席だからこそ感じられる素晴らしさがあるのも非常にいいなぁと思う。まぁそんなこと言いつつもやっぱり演者に近づけると単純に嬉しいのですが。


02. Aurora

大好きな大好きな曲だ。今年の3月にリリースされた比較的新しい作品なのだが、すでにこの曲で何度涙を流しただろう、と数えるのも難しいくらいに泣かされている。特に〈考え過ぎじゃないよ そういう闇の中にいて 勇気の眼差しで 次の足場を探してるだけ〉という部分にはどうしたって涙が溢れてきてしまう。わたしの弱さが何のために生まれた弱さなのか、そしてそれは決してただの弱さではないことを、いつだってBUMP OF CHICKENは分かってくれるのだ。

間奏部分で藤原が「ついに最終日だ!」と満面の笑みで叫んでいた。なんだかこんなにキラキラと笑う藤原基央の姿はとても珍しい気がして、グッときた。とても長かったツアーの最終日、寂しさもあるだろうけどそれ以上にすべてを出し切ろうとする彼らの決意みたいなものが垣間見えた瞬間だった。

 
03. 虹を待つ人

最後のフレーズである〈同じ虹を待ってる〉部分を〈同じ舟を見に来た〉と藤原が歌った瞬間「ニクい!!!その歌詞変えはニクすぎるぞ藤原基央!!!!!」と鳥肌が立ったのはわたしだけじゃないはず。そもそも今回のツアータイトルである『aurora ark』は藤原の勘違いに端を発して名付けられたものである。気象現象である『auroraarc』という単語を音の響きから『aurora ark(オーロラの方舟)』と思い込み、その勘違いがあまりにも素敵すぎてツアータイトルにしてしまった、というエピソードは彼ら自身の口から何度も語られている。ツアーが始まって以降に発売された雑誌の中で、藤原はこのaurora ark(オーロラの方舟)の解釈について「誰も乗ることができない舟」と語っていた。空に浮かぶ舟の存在をみんなが見上げているけれど決して誰もその舟には乗っていない、と。だからこそ彼は最終日に「見に来た」と歌ったのだ。アルバムに込められた世界観を、こんなにも短いフレーズに詰め込んでしまえるなんて……。あまりにも完ぺき過ぎる歌詞変えだった。

 

04. 天体観測

BUMPを知らない人でも知っているだろう曲。最近はサビ終わりの〈オー イエーイ ヘイ アハーン〉部分を観客に歌わせるでお馴染みである。今回もそれはそれは立派な〈オー イエーイ ヘイ アハーン〉の大合唱が会場中に響き渡っていた。


05. 初日:月虹/2日目:シリウス 

初日は月虹、2日目はシリウスが演奏された5曲目。

『月虹』の炎を使った演出と、エフェクトを多用した映像がめちゃくちゃカッコよかった。月虹というタイトルの曲に、なぜ炎の演出を使おうと思ったのか。アイディアの発端みたいなものが非常に気になる。

シリウス』はサビ前のタメがめちゃくちゃカッコよくてCDで聴いていた頃から大好きだったのだけどライブで聴いてもめちゃくちゃカッコよくて痺れた。


06. 初日:プラネタリウム/2日目:車輪の唄

この2曲に関しては映像が素晴らしかった。スクリーンにデカデカとシルエットで地球の輪郭のようなものが描き出されて、そこから光源が上がってくるような、まるで日の出のような映像だったのだけど、それがあまりにも楽曲とマッチしていて感動した。わたしが参加したドーム公演では、6曲目(たぶん)では常に『プラネタリウム』か『車輪の唄』のどちらかが演奏されており、映像も同じものを使っていたと記憶しているのだけど、どちらの楽曲の世界観にも見事にフィットしていた。特にね『車輪の唄』なんてもう歌詞のまんまやんけ!!!!!と叫びたくなるぐらいに見事に朝焼けから日の出までの空の移り変わりが表現されていて「すげー!!!!」と馬鹿みたいに感動した。

プラネタリウム』はツアーを共にしていた友人が大好きな曲であり、そんなこともあってここ最近はかつてよりも贔屓して聴いていたので「あぁ、この曲も彼女に聴かせてあげたかった」と必要以上にセンチメンタルな気持ちになってしまいダメだった。めためたに泣いてしまった。ところで『プラネタリウム』の歌詞って一見するとロマンチックなんだけど、実はけっこう怖いんだよなー…とも思う。藤原基央が歌うからこそ許されるんだろうな。だって自作のプラネタリウムに自分で星を追加して、それに想い人を重ねるってけっこうヤバいでしょ。まぁ結局実らぬ恋なのですが……

『車輪の唄』は聴くたびに「いい歌だなぁ……」と声に出さずにはいられない。今回のツアーでも聴き終わるたびに「いい歌だなぁ……」と言ってしまった。出来事を時系列に描写していく歌詞に、こんなにもうまいこと登場人物の心象を織り込んでしまうなんてッッッ!!!!!と毎度、藤原の作詞能力の高さに感動する。ほんとに凄いですよ、この歌詞は。鞄の紐が改札に引っかかる部分の描写とかほんとに天才じゃん!!!と思ってしまう。あまりにも見事すぎて楽曲そのものへの感動よりも、その能力のほうにアンテナが向いてしまってライブ中もイマイチどっぷり入り込めなくなってしまうぐらいだった。罪な歌詞だ。


07. Butterfly(アウトロロングver.)

『BFLY』ツアーで初披露されたアウトロがEDMアレンジされたロングヴァージョンでの演奏。わたしはBFLYツアー最終日でもある日産公演での同曲があまりにも大好きすぎて『Butterfly』=「楽しかった日産スタジアムの思い出」という図式が刷り込まれてしまっているので、イントロの瞬間からブチ上がってしまった。今回のツアーではイントロ部分で爆発的な特効を使った演出がされていた。あれは何回経験しても慣れないもので、毎公演全力でビビってしまった。心臓に悪い。

アウトロではメンバーが好き勝手にステージやら花道やらを動き回ってて、その光景含めあまりにも楽しすぎた。いつまででも続いてくれ…!と心から思ってしまった。跳ねるように楽しそうにアコギを弾く藤原基央の姿はいつまでも忘れないだろう。


08. 記念撮影

つい先日公開された日清とのコラボ映像を映しつつの演奏。秒針を思わせるイントロのカウントが何だかすごく良かった。と思って改めてコラボ映像を見返していて気づいた。こんなにも秒針の音って使われていたのか……。今さら気づいた。このコラボ映像には賛否両論あるようだが、わたしは窪之内英策の絵が好きなのでBUMPと窪之内英策がコラボしてくれたという事実にただただ嬉しくなった。何度でも言おう、『ツルモク独身寮』はいいぞ。


09. 話がしたいよ

たしかこの曲の前にMCがあった気がする……。「笑い多めのMCからのギャップ!!!」と、その温度差に感情の処理速度が追いつかずバグりそうになった思い出。

サビで〈あぁ 君がここにいたら 君もここにいたら〉との歌詞変えを繰り出され、嗚咽するほど泣いてしまった(本来は〈あぁ 君がここにいたら 君がここにいたら〉である)。「が」を「も」に変えるだけで、こんなにも曲に込められる想いの幅が変わってしまうのか……。もちろん、わたしが嗚咽するほど泣いてしまったのは、隣にいない例の友人を想ってしまってのことなのだが。あの日はもう脳の感情を司る部分が馬鹿になってしまっていたので、何を歌われても彼女を想ってしまいダメだった。

余談ですが、最後のひとフレーズを歌う前に、藤原がギターピックを投げ捨てるのだけど、あれは何度見ても「くぅ〜ッ」と思わずにはいられない。暗転の中、ピンスポに照らされた藤原の美しさよ……。

 

ここでメインステージから会場後方に設けられた特設ステージ(通称:恥ずかし島)へと移動。


10. 初日:ダイヤモンド/2日目:真っ赤な空を見ただろうか

初日『ダイヤモンド』。ワンフレーズ歌ったところで突然「ちょっと待った!言いたいことがあったんだ」と演奏を止めた藤原。どうやら込み上げる想いを伝えずにはいられなかったようで、『ダイヤモンド』作曲当時を振り返りながらのMC。このちょっとしたサプライズ(?)がいかにもライブっぽくて良かった。

2日目に演奏された『真っ赤な空を見ただろうか』は大好きな曲である。今ツアーでセットリストに加わってきた京セラドームでは、あまりの嬉しさに鳥肌が立った思い出。藤原が両手を広げながら歌った〈僕らがひとつだったなら こんな日など来なかっただろう〉という歌詞変えも秀逸だった。今回のツアーで藤原は「たとえリスナーが気づかなくても僕らの音楽は常に君の隣りにいる」といった趣旨の発言を繰り返していた。『真っ赤な空〜』で歌われている〈大切な人に唄いたい 聴こえているのかも解らない だからせめて続けたい 続ける意味さえ解らない〉という部分が、あまりにもそれとリンクしすぎて「なんだかんだ言われているけど昔から伝えたいことは何も変わっていないんだな」とハッとした。観客が突き上げた右手で真っ赤に光るPIX MOBが会場を埋め尽くす光景は、とても強く美しかった。


11. リボン

わたしはバンドがいかにもバンドらしく演奏する姿が大好きなので、ハンドマイクで歌う藤原と、チャマ・増川の3人が、楽しそうに向き合って笑顔で演奏する姿にグッときた。ナゴヤドーム初日公演で〈赤い星並べてどこまでも行くんだ〉部分を〈赤い星並べてどこまでも行こうぜ〉と歌われたときには「そういうとこ〜〜〜〜〜」と号泣してしまった。ちなみにこの歌詞変えは東京ドームでも披露されていた。

『リボン』という曲は、他のBUMP作品とは少し異なった立ち位置の作品である。彼らが20周年の最後に発表したとてもメモリアルな作品であり、そこに歌われているモチーフも今までのBUMPを伺わせるものが多い、比較的パーソナルな意味合いの強い作品だ。曲の中にでてくる〈赤い星〉とは言うまでもなく彼ら自身のことであり、そんな詞に続くかたちで〈どこまでも行こうぜ〉なんて歌われたら、それはもう嬉しさの極みなのだ。念を押すように〈行こうぜ〉と続けた藤原も、演奏後に応えるように「行こうぜー!」と叫んだチャマも、本当に本当に最高だった。いつまでも健康で楽しく音楽を続けてくれ!!!と願わずにはいられなかった。

 

ここで再び恥ずかし島からメインステージへと移動。


12. aurora arc

オープニングと同じようにオーロラ状の光で照らされる場内。デジャブ感がすごかった。


13. 望遠のマーチ

ライブで聴くことで今まで普通だった曲が大好きな1曲になるということは、ままあることだ。そして『aurora ark』ツアーでいうところのソレは間違いなく『望遠のマーチ』だった。この曲は本当にすごい。こんなにもライブで演奏されることでパワーを持つ楽曲があるのか、と聴くたびに圧倒される。わたしは、この曲は大勢の観客の前で歌われるからこそ光る曲だと思っている。だからドームという会場は、この曲にとてもマッチしていた。大勢の声で歌われる〈いこうよ〉の大合唱はまるでアンセムのようだ。

特に中盤の転調部分に、わたしは弱い。以下がその部分の歌詞だ。

 

与えられた居場所が苦しかったら

そんなの疑ったって かまわないんだ

体は信じてるよ君の全部を

叫びたい言葉が輝いている

 

藤原はしばしば歌詞の中で「人間」を表現するとき肉体(体)と魂(心)を別物として描いている。肉体は魂の入れ物としての役割を持った物体であり、魂が肉体をコントロールしている、その2つが揃うことで「人間」を作り出している、ということを意識して作詞をしているのではなかろうか。そういった表現は、『ギルド』だったり『ファイター』だったり『GO』だったりと、様々な作品で見受けられるが『望遠のマーチ』でも強く感じた。

間奏部分では毎回のごとく藤原が観客に向けて思いの丈を叫ぶのがお決まりとなっており、それが普段のMCより3割増くらいオラつくので非常に高まった。最近は紳士的に振る舞うことの多い彼の尖った部分が露呈すると、ブチ上がる系のオタクなのだ。


14. 初日:アリア/2日目:GO

『アリア』で使われたステンドグラスの演出をぜひとも映像として残してくれ!!と強く思っているのはわたしだけではないだろう。イントロのベースラインに差し掛かったところで場内スクリーンに映し出されたステンドグラスのあまりの美しさに、多くの観客が息を飲むようすが伝わってきた。本当に美しかったなぁ……。

『GO』は今までにも散々書いてきたが、わたしにとって特別な1曲なので、イントロを聴いた瞬間から軽率に泣いてしまう。他でもない藤原基央に〈とても素晴らしい日になるよ〉って言ってもらえるなんて最高以外の何者でもない。今回のツアーで『GO』が演奏される際には、イントロ部分で藤原が想い入れのある曲の一節をサプライズ的に歌うのが定番の演出になっていたが、最終日では彼らの楽曲である『メロディーフラッグ』の一節を歌ったのもニクい演出だった。ナゴヤドーム公演では藤原が演奏後にポツリと「一生今日が続けばいいのに……」と呟いていて「ほんとにそうだよ」と心から思った。

▼たぶん今までで100回は見ているだろう最高の『GO』

 

15. Spica

この曲でも映像による演出が素晴らしかった。森の中の大木を映した映像は「命」というものを強く感じさせるものがあって、楽曲の世界観にぴったりハマっていた。


16. ray

定番のブチ上がりソングである。もう会場中の熱気も最高潮だった。『ray』では、花道で演奏しているチャマと増川がリズムに合わせて片手を振りながら観客を煽るのがお決まりとなっている。ここで、毎回のように増川がチャマのほうを向いて左右どちらから手を振り出すべきか確認しているさまが、増川弘明という人間の人柄をとてもよく表しているなぁとほっこりする。


17. 新世界

もう本当に最高だった。最初から最後まで最高以外の言葉が見つからないほどに、最高に楽しくてハッピーに溢れた時間だった。CDで聴いていたときから大好きな1曲だったけど、ライブで聴いてもやっぱり最高に大好きな1曲だ。『新世界』が始まったときの会場のテンションの上がり方は、ちょっともう異様だったのではないだろうか。あっちもこっちも楽しくて仕方ない!もう身体全体がウズウズして勝手に動き出してしまうんだーーーー!!!という空気がドーム中に溢れていた。だってもう歌い出しから完ぺきなのだ。〈君と会った時 僕の今日までが意味を貰ったよ〉なんて今まで何度もBUMPの歌で救われてきたわたし自身の想いであるし、きっと音楽を通じて何度もリスナーによって救われてきただろうBUMP OF CHICKEN自身の想いでもあるだろう。『新世界』をあと5回演ってくれても同じようにテンションブチ上げで盛り上がれるぜ!!!!というくらい最高に楽しかった。これからのライブでも毎回演奏してほしいなぁ……。

最終日は演奏後にテンションが上りまくった藤原がアカペラで〈ベイビーアイラブユーだぜ〉と観客にコールアンドレスポンスを促して、そこからバンドが演奏に加わってくるというサプライズもあり、改めてこの曲の持つパワーを感じた。あれだけの会場を〈ベイビーアイラブユーだぜ〉というたった一節でひとつにまとめ上げてしまうパワーがあの楽曲にはあるのだ。間違いなく音楽を通してBUMPと観客が繋がった瞬間だった。


18. supernova

『新世界』で異様な熱気に満たされた会場を優しく包み込むようなイントロから始まった『supernova』。たぶんこの曲はBUMPの楽曲の中でも、多くのリスナーの感情面に作用することが多いのではないだろうか。かくいうわたしも、数年前に亡くなった祖母のことを思い出してしまい泣かずにはいられない。


19. 流れ星の正体

どの会場でも演奏前に藤原が一言何かを話して(たぶん「最後の曲です」とかそんなニュアンスの言葉が多かったと思う)、それにザワつく会場の余韻を振り払うように歌い出していた印象。静かな歌い出しから、徐々に楽器隊が加わって、最後は力強く歌い上げる藤原は、ほんとうに魂を削って最後の力を振り絞っているようだった。

〈お互いにあの頃と違っていても 必ず探し出せる 僕らには関係ない事 飛んでいけ 君の空まで 生まれた全ての力で輝け〉という最後の部分は、そのままBUMP OF CHICKENというバンドの活動スタンスを明文化したような歌詞だ。この曲をライブの最後に演奏することの意味を、どうしたって思わずにはいられなかった。20年以上活動しているバンドだからこそより説得力をもったのかもしれない。

 

Ec.01

20. 初日:同じドアをくぐれたら/2日目:バイバイサンキュー

『同じドアをくぐれたら』がアンコール曲として久しぶりに演奏されたのはナゴヤドーム公演2日目のことだった。あまりにも予想外すぎる選曲に、しばらく呆然としてしまったのを今でも覚えている。切々と訴えるように静かだけど激しく歌う藤原の姿をずっと忘れないだろう。

そして同じく京セラドーム2日目からセットリスト入りした『バイバイサンキュー』も意外過ぎる選曲だった。〈僕の場所はここなんだ〉という歌詞が、藤原の歌唱スタンスを代弁するようであまりにも彼の状況にハマりすぎていた。終盤、何度も繰り返される〈ひとりぼっちは怖くない〉という歌詞も強く優しかった。ナゴヤドーム2日目の終演後最後のMCでは感極まった藤原が弾き語りで同曲を歌いはじめ、すでにステージから降りていた升・チャマ・増川の3人が戻ってきて演奏に加わり、フルコーラスを披露するというサプライズもあった。ライブの高揚感に満たされつつも、明日からはそれぞれの日常に戻らなくてはならないことをあの会場にいた誰もが分かっている状況で〈明日はとうとう出発の日だ〉なんて歌い出しの曲を選ぶセンスよ……。それはもう膝から崩れ落ちるほど泣いてしまった。


21. 初日:メーデー/2日目:ガラスのブルース

メーデー』も大好きな曲だ。ドラムソロで感情を顕にする升を見られるのも楽しみのひとつだ。普段クールに演奏している升が吠えるようにドラムを演奏する姿にテンションがブチ上がった。

そして2日目の『ガラスのブルース』では「この曲でこんなに泣いてしまう日がくるとは……」と自分でも驚くほど泣きに泣いてしまった。だってこの曲が終わったらツアーも終わってしまうんだもの。

余談だが、ナゴヤドーム公演2日目では〈だから僕は歌を唄うよ 僕の歌は忘れていいよ でもひとつだけ忘れないで 君が挙げたその手を〉との歌詞変えが披露された。この曲でその歌詞変えはズルいぞ藤原基央ッッ!!!

 

こうして『aurora ark』最終日は幕を下ろすはずだった。

 

ここからが凄かったのだ!!!!!それぞれのメンバーがステージから降り、1人残った藤原が思いの丈を話しつつ「こんなに喋ってる時間があるならもう1曲歌えばいいんだよね」と言ってからの、まさかの2回目のアンコールに突入である。すでにツアーが終わりを迎えたことで涙腺ガバガバ状態だったわたしは嬉しさのあまり発狂した。

 

Ec.02

23. スノースマイル

「なに歌おうかな……」と少し考えた藤原が「俺のバンドがどれだけカッコいいかってことを見せてやる」と宣言してからのあの有名なギラーフレーズからのイントロである。次々にステージに戻ってくるメンバー。チャマに至っては上半身裸である。間奏部分で「俺のバンドカッコいいだろ」と叫んだ藤原の嬉しそうな笑顔は今でも脳裏に焼き付いている。ぶっつけ本番でこんなにハモリも演奏も完ぺきにできるものなんだな……とプロの本気に感心した。当たり前だけどBUMP OF CHICKENってやっぱりバンドなんだな、と強く思った。

 

24. 花の名

突然の『スノースマイル』演奏に会場中がザワつく中、「もう1曲ぐらいできるかな」という藤原の一言からまさかのサプライズのサプライズ。もう訳が分からなかった。藤原がワンコーラスを歌いきったところでチャマと升も演奏に加わってくる。増川の演奏がかなり危なげでハラハラしつつも、途中からは完ぺきな演奏を披露してくれた。ぶっちゃけサプライズでもう1曲歌ってくれるところまでは想像していなかったと言えば嘘になる。でも流石に!サプライズで2曲目突入は誰も想像していなかっただろう。わたしは度肝を抜かれたよ!?

演奏後に藤原が「ヒロ、2番から思い出したんだって」と笑いながら暴露していた。増川の覚束ない演奏にはそんな裏話があったのか。そんなトラブル含め、いかにもライブっぽくて良かった。

 

 

こうして『aurora ark』は本当に終演を迎えた。

増川が最後に「じゃあね」と明るく言ったあとにボソッと「さびしい」と呟いていた。彼の言葉にはいつでも彼の想いが素直に表れていると信じているわたしは「ほんとにさびしいよ」と心の底から同意し、嗚咽した。ツアーが終わったあとの「さびしい」という気持ちは何なのだろうか。大好きな音楽からたくさんのパワーを貰ったのに、やっぱり最後はさびしさを感じずにはいられない。

7月から始まった『aurora ark』というツアーはBUMP OF CHICKENというバンドの音楽に対するスタンスを改めてリスナーに訴えかけるようなツアーだったように思う。彼らが事あるごとに伝えてきた「音楽は聴かれることで意味を持つ」というスタンスを楽曲はもちろんMCからも演出からも、それこそライブ中の節々で感じられた。

そしてやっぱりわたしはBUMP OF CHICKENというバンドが大好きなのだ。

いつまでも健康で楽しく音楽を続けておくれ。

 

BUMP、アイラブユーだぜ!!!!!!

 

 

おわり。

ご覧いただき、ありがとうございました。

 

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前回に引き続き、今回は入院と手術について。入院中の出来事をメモアプリに記録しておいたので、それらを再編しつつ書いていきます。今回もグロい表現があったりするので苦手な方はご注意ください。

 

 

・7月21日(日)入院1日目/手術前日

9時半頃、病院到着。10時前に病室に案内される。10時過ぎ、ようやく看護師さん到着。1時間ほど入院と手術に関する説明を受けて、病棟内の案内を受ける。その後、付き添いの母親が帰宅。自販機でお茶を買おうとしたところ小銭が200円ちょっとしかないことに気づき焦る。院内の自販機は1000円札しか使えず、わたしの財布には5000円札が1枚入っていた。

12時、昼食。不味くはないが、美味しくもない。魚の身が歯に挟まって不快。歯磨きをしても取れない。デンタルフロスを持ってくれば良かったなぁ……と後悔。歯磨き後、ベッドにてゴロゴロする。普段よりトイレが近い気がするのは環境が変わったことが少なからず影響しているのか、それとも病気の影響なのか……。
隣には高齢の女性。独り言が多く「夜間もこの調子だとしんどいなぁ」とやや不安になる。

17:40頃、夕飯。味噌汁がない。おかずの油淋鶏が美味しかった。お浸しがめちゃくちゃ冷やされていて驚く。18時過ぎからシャワーの予約を入れていたのでさっさと食べる、やはり味は微妙。

18:05、シャワー室へ移動。ボディーソープがないことに気づく。仕方がないので洗顔料で全身を洗う。手早く済ませて、その後ドライヤーで髪を乾かし入浴完了。病室に戻りモヤさまを見る。久しぶりの大江麻理子アナウンサー(今はキャスターですが)、やはりとても良い。
19時頃、隣の年配女性の元にご家族が面会に来た。恐らく息子さん夫婦と思われる。20分ほど滞在していた模様。
20時、面会時間終了。看護師さんが病室窓側のカーテンを閉めに来る。モヤさまも終わったのでテレビを消して読書。以前読んだ星野源「いのちの車窓から」を再読。
隣の年配女性はやはり独り言を呟き続けている。キツい。
21時半消灯。夕食後に眠剤と胃酸を抑える薬を処方される。暗くなった病室でしばらくは目が冴えていたが、22時過ぎには眠りについていたと思う。

 

 

・7月22日(月)入院2日目/手術日当日
7時頃起床。朝から絶食。手術前の点滴を受ける。看護師から11時に手術室に向かうように伝えられる。朝食を食べなかったこともありお通じはなし。
10時過ぎ、外来の診察室に向かうように言われ点滴のまま診察室へ向かう。外来診察室にて術前の触診、嚢腫の位置とサイズを再度確認。その後、病院事務局にて入院手続きをしていた母親と合流して病室に戻る。病室にて術着と弾性ストッキングを履く。弾性ストッキングとは術中術後の静脈血栓を予防する効果があるらしい。
11時、手術室に歩いて移動。手術室に入ると麻酔医1名と担当医2名から挨拶される。名前や簡単な質問に応え、手術台に仰向けになる。酸素マスクをし、その後何度か深呼吸をするように言われる。次第に意識が朦朧としてきて、ブラックアウト。

 

麻酔医から名前を呼ばれ目覚める。恐らくこの時点ではまだ手術室にいた。血圧が高い旨を伝えられる。意識がぼんやりとしていたものの「治療が必要なレベルだねー」と言われたことは覚えている。病室に戻った過程もぼんやりと記憶にある。手術室から病室に戻ってしばらくは、とにかく寒くて寒くて仕方がなかった。歯がガタガタと音をたてるような震えが止まらなくなり、電気毛布と布団を掛けてもらい暖をとる。しばらくすると寒さは引いたが、代わりに体中の熱に苦しめられた。あまりにも暑いので、付き添っていた母親に「暑い」と訴える。母は、わたしのおでこに手のひらをあてて「アンタ暑いって言ってるけど、おでこは冷たいよ」と言ってきた。そんなこと知らんがな、わたしは暑いんじゃい!!!!と思うものの、全身麻酔の影響でまだぼんやりしているし酸素マスクは付けられているしで答えられるわけもなくガン無視を決め込む。
その日の夜は酷く暑く、汗が止まらなかった。術後の熱のせいだろう。両脚には弾性ストッキングの上から血栓予防の装置が付けられていた。それが酷く不快だった。
氷枕を数回変えてもらうが、体の熱さは引かず額の汗が止まらない。なかなか寝付けないまま、とにかく夜を長く感じた。
夜中、何度目かの点滴。右腕から高血圧を抑える点滴をしていたため、痛み止めと抗生剤の点滴を左腕からとることに。しかし生来の血管の細さが影響してなかなか注射が成功しない。最初の看護師さんに左腕を4回、右腕を1回うたれ全て失敗に終わる。何度も謝られてこちらが申し訳ない気持ちに……。その後に別の看護師(男性)さん、「血管が出にくいそうですね、聞きましたよ看護師泣かせって〜」とチャラめの登場。再度、左腕にトライして成功。「元々血管が細いので針は血管に刺さってますが、点滴を落とし始めたら薬剤が血管の壁に当たって痛むかもしれない」との説明を受ける。
その後、別の看護師さんが来て点滴を落とし始める。やや痛みを感じるが、先ほどの説明があったので流れに身を任せることにする。落とし始めてすぐに看護師さんが「これ漏れてるかもね」と。一緒に見回りに来ていた看護師さんにも「うん、漏れてますね、腫れてますもんね」と言われる。ということでチャラ看護師さんも失敗に終わる。
その後、第3の看護師さん登場。何だかんだ試行錯誤の末、やっと成功。無事、痛み止めの点滴を落とし始める。
病室内には時計はなく、もちろんスマホを確認することもできず、いったい今が何時なのかが全く分からない状況。それがとにかくストレスだった。眠れないまま、体の熱や動かせないせいで痛む背中・両脚を疎ましく思いながら「早く朝になってくれ」とひたすら願った。

 

 

・7月23日(火)入院3日目/術後1日目
明け方に採血。案の定、注射が入りにくく何だかんだと試行錯誤の末、左手親指の付け根から成功。
朝、ひと晩中不快感に苦しめられた血栓予防の装置を外してもらえる。その後、午前中に術着からパジャマへと着替える。看護師さんの助けを借りつつも比較的自力で着替えられたことで看護師さんに褒められる。着替えと同時に尿管を外される。呼吸を吐き出すタイミングで管を抜く、とのアドバイスのもと看護師さんと息を合わせて共同作業。術前に生理になっていたので、生理用ショーツに履き替える。
ドレナージ(体内の液体を体外に排出するための管。今回の場合、右脇腹から管が出て、握りこぶしくらいの大きさのボールに血液が混ざったような体液を排出させていた)は付いたままで、両腕に点滴をつけた状態となる。昼食から全粥食開始。「昼食を半分以上食べれば点滴外れるよ」と看護師さんに言われていたので必死に食べる。おかずとフルーツ、お味噌汁は残したがお粥は完食した。
その後、尿管を外してからはじめての尿意を催す。とにかくベッドから起き上がる際に痛みがひどい。起き上がるだけで汗が噴き出てくる。トイレに行くたびに尿量を測るようにと言われる。この全身の痛みを抱えた状態で排尿できるかどうかも分からないのに、そんなミッションも課せられるなんて……、病院って容赦ない。トイレに向かう途中で経血が脚を伝う感覚を覚える。到着してパジャマの下衣を脱ぐと、案の定経血まみれの下半身。1人ではどうにもできないのでナースコールで看護師さんを呼び出す。助けを借りて、着替え、病室に戻る。術後の出血を疑われたが、血の状態から生理によるものと判断された。ひと安心。
朝、昼、夕、就寝時、深夜、と計5回の痛み止めを点滴。
夕方、母親が見舞いに来る。
夕食、半分くらい食べる。だいぶ体も動くようになってくる。ドレナージがなかなか取れず不快だった。
21時半消灯。前日と比べ暑さや痛みもほぼ感じずぐっすり安眠。良かった。深夜2回ほど目が覚めたが朝まで眠ることができた。

 

 

・7月24日(水)入院4日目/術後2日目
6時頃目覚める。朝の体温と血圧の測定。
7時半過ぎに朝食配膳。食パン2枚と牛乳、サラダなど。便通を促したかったので完食する。看護師さんがやってきてドレナージで排出された体液を回収し液体の量を測る。
担当医の都合がつかないのでドレナージを外すのが明日になる旨、そのためシャワー浴ができないことなどが伝えられた。便通がないことを伝えると整腸剤を処方してもらえるように手配してくれるとのこと。
10時過ぎ、看護師の方がやってきて、急遽、担当医に時間ができたのでドレナージを抜いてもらえることに。診察台に横になり、数分で処置終了。少しの痛みと今まで経験したことないような違和感。確かに何かが体内から抜けていく感覚を覚える。患部にガーゼを当ててもらい病室に戻る。他、二箇所の傷口からはガーゼが外される。傷口はどちらも1cm程度であまり目立たない。シャワー浴の許可が出たので夕方に予約を入れる。

11時半頃、昼食。お腹が張っているため半分ほど残す。

午後は読書と少しのワイドショー鑑賞。

夕方、母親が見舞いに来る。その間、術後初めてのシャワーへ。傷口に気を遣ったが特に痛みなども感じなかった。また、ドレナージ部分もガーゼを外して入浴するよう言われており「数時間前まで管が通っていたのに、そんなことして大丈夫なのかよ!?」とビビっていたが、こちらも問題なく事を終える。少しの雑談の後、母親帰宅。
19時頃、夕食。半分ほど残す。看護師さんから整腸薬を渡され、夕食から毎食後飲むように言われる。
21時半消灯。
暗闇の中、22時から「水曜日のダウンタウン」を観るが、笑うと患部が痛むため断念。その後しばらく寝付けない。仕方ないのでネットサーフィンに興じる。深夜3時過ぎ、ようやく眠りに就く。

 

・7月25日(木)入院5日目/術後3日目 
5時過ぎ、看護師さんが検温と血圧測定にくる。5時半過ぎには採血にも来る。昨夜は寝るのが遅かったので半分眠りながらの対応。どうやら採血は1発で決まったらしい。
7時過ぎ、1階売店まで行ってみることにする。ちょうど病院職員の来院時間と被っていたらしく、多くの病院関係者と思われる人々とすれ違う。売店では牛乳、お茶、ミネラルウォーターを購入。
7時半過ぎ、朝食。完食する。さらに便通を促す目的で先ほど買ってきた牛乳を飲む。
朝食から30分ほどでようやく術後初めてのお通じ。
10時頃、外来診察室で退院前診察を受診することに。触診とエコー検査で手術した卵巣と、現存する子宮筋腫を確認する。退院OKとのことで明日午前の退院を希望する旨を伝える。8月に、摘出した腫瘍の病理検査結果を聞きにくることになった。
11時半過ぎ、昼食。ほぼ完食。
昼食後から昼寝。寝不足気味だったので熟睡。
16時頃、母が見舞いに来る。少し話したあと、1階で待つ父の元へ。10分ほど雑談。
17時からシャワー入浴を済ませて17時半過ぎから夕食。入院生活最後の夕飯メニューはアジフライ。少し残してしまった。
就寝まではTVerでマツコ有吉のかりそめ天国とロンハーを見る。宮下草薙の草薙が面白すぎて笑ってしまい、若干下腹部が痛くなってしまう。
少し休憩の後、テレビでアメトーークを見る。笑い防止のため無音で見るものの、やはり笑ってしまいそうなので途中で断念。日付が変わった頃に眠りに就く。 

 

 

・7月26日(金)入院6日目/術後4日目
6時頃に看護師さんが検温と血圧測定に来て目覚める。まだ少し寝足りない。
7時起床。今日は退院なので少しずつ荷物を整理しながら着替え、洗顔を済ませる。
7時半過ぎ、ZIPを見ながら朝食。すべて食べる。食後少しして便意を催す。術後から飲み続けていた薬の効果もあり、ようやくスッキリした。

11時過ぎ、全ての荷物を片付けたのち、支払いを済ませ無事退院。入院費用は約20万円となった。

 

 

・7月31日(水)術後9日目となる本日の状況。

傷口の痛みはだいぶ軽くなってきている。ただし体内の違和感、特に下腹部内部の違和感が取れるまでにはまだまだ時間が掛かりそうだ。時に突発的な痛みを覚えるときもある。排尿・排便時の引き攣るような体内の痛みは強く、力むことはできない。絶対にそんなことは起こらないと思うけど、傷がパーーン!!!!と破裂するのではないかという恐怖に怯え、満腹になることへの抵抗感がすごい。そもそも入院中からの食事制限の影響で胃が小さくなったのか、食べる量が減った気がする。退院後から毎日血圧を測定しているが、今のところ標準なので良かった。もともとは高血圧気味だったが、食生活を改めたからかもしれない。ちなみに度重なる失敗で注射跡だらけになった両腕は、皮膚内の内出血がひどく、黄疸のようになったり青アザっぽく変色していたり、なかなかホラーな見た目になっている。なぜか変色部分の皮膚は日焼け後のように薄皮が剥けてきていて「新陳代謝とかと関係あるのかしら?」などと考えているのだけど真相は不明だ。

術後1週間後には復職する予定だったが、痛みなどの不安もあり追加で1週間休みを貰った。体力の衰えがすごいだろうなぁ……とやや不安。ウォーキングでもしてみたいけど、連日の暑さでなかなか行動に移せないまま日々を過ごしている。今週に入ってからの体調の回復具合が思ったよりいい感じなので、金曜日に出勤してみようかと思っている。

 

 

今回の入院・手術を経て健康であることの素晴らしさを痛感した。藤原基央が『HAPPY』という楽曲で歌うように「健康な体があればいい 大人になって願う事」ってほんとにその通りだ。特に術後の晩の辛さはもう二度と経験したくない。今までは「健康健康って言ったって人間いつか死ぬし……」とか思っていたけど、いつか死ぬその日までは元気で過ごすほうが幸せだし、何より健康であることは心身ともにストレスがない!!!!ということを思い知ったので。誰だって可能な限りノンストレスな日々を送りたいだろう。わたしだってそうだ。ノンストレスな毎日を送るために、健康には気を配っていきたい。退院後すぐに『胡麻麦茶』をアマゾン定期便で購入した。当面は高血圧に注意します。

手術を含む1週間の入院生活は様々な発見もあり、経験としては貴重なものとなった。手術による痛みや不快感については二度と経験したくはないけど、入院生活自体は想像よりもずいぶん快適だったように思う。看護師さんも皆さん良くしてくださり、改めて医療従事者の方々への尊敬の念が強くなった。仕事とはいえ、彼らは偉大だ。

とにかく大騒ぎとなった2019年の7月は忘れられない1ヶ月となった。8月の病理検査の結果が出るまで不安がないといえば嘘になるけど、まずは来週に控えるThe Birthdayの対バンに向けて体力回復を頑張ろうと思う。

 

おわり。

 

▼術後1年経過してみてのことを書きました。

『卵巣嚢腫(らんそうのうしゅ)』の術後1年が経った。 - 楽しいことがあり過ぎる

 

 

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『卵巣嚢腫(らんそうのうしゅ)』の手術を受けるために入院するまでのこと。

2019年7月もあと数日で終わる。

この1ヶ月はこれまでの人生でも確実に激動度ぶっちぎりNo.1だった。人生で初めての入院、そして手術を経験したからだ。

 

病名は『卵巣嚢腫(らんそうのうしゅ)』。字面から漂う不穏感が凄まじい。

字面同様に凄まじい威力(痛みという意味で)を持った病気に振り回されまくったこの1ヶ月。こんなにも貴重な経験をしたのだから出来る限り細かく思い出してブログに残しておくことにしました。そう思ったのは「自分のための記録」という大きな一面はもちろんのこと、同じような病気になったどこかの誰かの助けになる可能性も0ではないと考えたからです。

耐え難い痛みの末に病院での診断を受けてから「やはり少しでも情報を……」とネットであらゆることを調べまくった。その中でも、やはり同じ経験をした方々の意見はとても有り難く思った。そりゃもちろん症状も治療法も病院での対応も千差万別だということは百も承知だ。それでも同じような病気を患ったことがある経験者の声は、この広すぎるインターネットの海に少しでも多く転がっている方が良いと思った。だから、どこかの誰かのためにも、あったことを出来るだけ細かく時系列で残しておくことにする。

今回のエントリーはそういった経緯もあり多少グロい表現を使うこともあるかもしれません。苦手な方はご注意いただければ、と思います。

 

 

・謎の痛みから病名発覚まで

 

6月24日(月)。19時近く、いつも通り会社から新宿駅までの帰路を歩いていて下腹部に違和感を覚える。この日は少しキツめのジーンズを履いていたので、そのせいかもしれないなぁ……と思っていた。その違和感は時間が経つにつれ、ちょっとした痛みに変わっていった。「そういえばそろそろ生理が来る頃だったし生理痛かもな」なんて考えながらその日は眠りに就いた。

 

6月25日(火)。朝から下腹部が痛い。めちゃくちゃ全力疾走した後に脇腹が引き攣るような痛みを覚える時がある。あの痛みが下腹部で起こっているような感じだ。トイレに行ってどうこうするような痛みではない。「いつもと少し違うな」そう思いつつも、いつも通り出勤した。会社に着いても痛みは引かず、それどころか徐々に強くなっている。始業時間まではしばらく時間があったのでロキソニンを飲み、休憩室で少し横になることにした。少しすると楽になったので、また仕事に戻る。痛みが強くなるとまた少し横になる、を何時間か繰り返す。この日は幸いにも急ぎの仕事はなく、またこのまま会社にいて痛みが強くなったら帰れなくなるような気もしてきたので、同僚の「帰った方が良いんじゃない?」という優しい言葉もあり昼過ぎに早退することにした。

新宿駅で電車を待つ間にもどんどん痛みは強くなっていき、あまりの痛みに脂汗が額にじっとりと浮かぶ。電車で立って帰るのは無理かもしれないとの危惧のもと、グリーン車乗車券を購入した。わたしが通勤に利用している高崎線は普通車にも関わらずグリーン車両が接続されており、距離に応じた追加料金を支払えば利用することができる。完全自由席なので週末や通勤時間等のコアタイムは難しいかもしれないが、ド平日の昼間だったので無事に座席を確保することができた。後ろの座席も空席だったのでリクライニングも倒し放題である。まさかこんな形でお世話になるとは……。まじで助かった。

帰宅後も夜まで横になるが、痛みは一向に引かない。脂汗は止まらず、あまりの痛みに寝返りも打てず、熟睡できないまま朝を迎える。

 

6月26日(水)。下腹部の痛みは時間とともに強くなっている。おまけに生理も重なり最悪のコンディション。例えるなら腸を雑巾絞りされているような痛みだ。筋肉痛のめちゃくちゃハードモードな痛み。どう考えても普通の生理痛や腹痛の範疇を超えていた。とにかく痛くて、体を動かすことがしんどい。トイレに行くために起き上がることすらひと苦労だ。これはとてもじゃないが仕事などできないと思い休みを貰う。一日、布団の中で過ごす。あまりの痛みに食欲は一切ない。さすがに脱水症状になる訳にはいかないので、枕元のポカリスエットだけは欠かさなかった。

 

6月27日(木)。やはり痛みが引かない。これはどう考えてもおかしいと思い、朝から婦人科の病院を受診することに。通院のために父親に車を出動してもらったが、その道中の揺れですら痛みに響く始末。地獄だ……。わたしは今までの人生で婦人科の病院を受診したことがない。なので、何もかもが初めてだ。病院はそこそこ混んでおり、診察室に呼ばれるまで数十分待っていたと思う。その間も痛みは容赦ない。座っていることがしんどくなり、まじでどっかの診察台で横になって待たせてくれ!!!と懇願しようかと思ったくらいだ。しなかったけど。待っている間、熱を測るように言われた。そういえば体調不良を訴え続けた数日間だったのに熱を測ったのはこの日が初めてだった。体調不良になったら熱を測る、という当たり前の初動さえ忘れるほどに痛みに悩まされていたのだろう。37度少しあったと記憶している。微熱だ。

ようやく診察室に呼ばれ、まずは問診だ。普段の生理時の症状や周期についてを簡単に聞かれた。女性医師だったので、初めての婦人科でも気が楽だった。その後、触診と超音波検査を受ける。

診断結果は『子宮内膜症』と『子宮腺筋症』、そして左下腹部に『チョコレートのう胞』があるとのことだった。一度に3つもの病名を宣告されたのだ。自覚症状がなかったのか、と聞かれたが、わたしには全く自覚症状がなかった。生理だって人並みだと思っているし、生理痛だってたまに酷い月はあるものの、それだってロキソニンを飲めばどうにかなる程度のものだ。過去に何度か友人や会社の同僚との雑談の中で生理について話題が及んだこともあったけど、それらで耳にしたいわゆる『生理が重い人』に比べたら自分は全く普通だと思っていた。しかしそうではなかったらしい。今まで子宮頸がん検診は受けてきたが、子宮内膜症や子宮腺筋症、チョコレートのう胞は、そのどれもが子宮頸がん検診では見つけにくいものだった。

子宮内膜症』とは、その名のとおり本来であれば子宮の中に存在するはずの子宮内膜という組織細胞が子宮以外に増加してしまう病気らしい。なんじゃそりゃ。子宮以外の組織にできた子宮内膜は月経(生理)のたびに通常のそれらと同じように剥がれていく。通常通り子宮内であればそれらの剥がれ落ちた子宮内膜は経血という形で体外に排出されるが、子宮以外の組織では体外に排出されることができず体内にとどまり続け、他臓器との癒着や炎症を引き起こすらしい。なんじゃそりゃ(2回め)。人間の体、どれだけダメダメやねん!!!!と思わずツッコミたくなるダメダメさだ。

そんでもって『子宮腺筋症』というのは、子宮内膜症のような症状が子宮筋の中にできる場合を指すらしい。ややこしいな。

そして『チョコレートのう胞』である。これは子宮内膜症で剥がれ落ちた細胞が体内にとどまり溜まった結果、チョコレートのような塊になったものを指すようだった。

どの病名も婦人科疾患としてはメジャーなものらしいので女性の皆さん詳しくはググってみてください。男性だってググってくれ!!!!!!知識として持っておいて損はないぞ。

先生の話によると、これらが複合的要素となって今までに経験したことないような壮絶な痛みを生み出しているのでしょう、とのことだった。おまけに子宮内膜症は〈治る〉というタイプの病気ではなく、投薬などによって症状を軽くしたりしながら閉経まで付き合い続けていくタイプの病気らしい。なので、とにかく今回の月経期間は痛みに耐えて、次の月経のタイミングに合わせてそれらの治療を開始しましょう、とのことだった。なんじゃそりゃ!!!!!!このアホみたいな痛みに耐えるしかないんかい!!!その後、採血をし、痛み止めを処方され「1週間後に採血の検査結果を聞きに来てくださいね」と言われ帰宅したのだった。先日から絶食状態だったが、痛み止めを飲むためには何か食べなくてはいけなかったので無理やりお粥を口にする。しかし病気の影響で腹部はパンパンに張っているし、胃も圧迫されているような苦しさがある。茶碗に半分ほどを食べるのがやっとだった。更に最悪なことに処方された痛み止めは一切効かなかった。これはもう完全に一切合切効かなかった。痛みは変わらず、腹部の張りも取れず、ただひたすらに生理が早く終わるように祈るしかなかった。

 

6月28日(金)。引き続き仕事を休む。痛みは変わらない。脂汗は引かず、頭は汗が止まらないのに首から下の身体は寒いという、明らかにバグった症状を抱えたまま一日を過ごす。

 

6月29日(土)、6月30日(日)。相変わらず痛みは続いていた。少しだけ和らいできているような気もするが、とてもとても日常生活を送れるレベルには達していなかった。

 

7月1日(月)、引き続き仕事を休む。

 

7月2日(火)。生理もほぼ終息へ向かっていた。それなのに痛みの重さは変わらない。それに明らかに右側の下腹部にしこりのような感触がある。しこりというか、右下腹部全体がパンパンに張っているようで固い。少しでも圧を与えるとめちゃくちゃ痛い。診断結果では左下腹部にチョコレートのう胞があるとのことだったはずだ。それなのに痛みの度合いも、触った感触も明らかに右側のほうが悪い気がする。再診の日まではまだあったが、痛み止めが効かないこともあったので再度、当初の婦人科を受診することにした。

診察室に呼ばれ、右下腹部の痛みとしこりを先生に伝える。彼女は「チョコレートのう胞があるのは左側なんだけど」と困惑していた。運良く採血結果が出ていたので、それらの結果も聞くことに。体内の炎症具合を示す『CRP値』というものが高いらしい。相談の結果、診断された婦人科系の疾患とは別になにか原因があるかもしれないからとの理由のもと、市内にある大学病院系列の医療センターへの紹介状を書いてもらうことにした。どうやら婦人科系の疾患の影響で、消化器などの他器官に何かが起きることも稀にあるらしい。医療センターには婦人科も消化器内科もあるが、翌日の水曜日は婦人科系外来は休診日だからとのことで、ひとまず消化器内科への紹介状を書いてもらうことにした。とにかくこの痛みを早く取り除いてほしかったので「消化器内科でも婦人科でもどっちでもいいから受診したい」と思っていたのだ。

 

7月3日(水)。朝から医療センターに向かう。

こういった大きな病院は、とにかくあらゆる手続きに時間がかかる。数十分の待ち時間ののち、診察室へ。今までの経緯を説明し、CT検査を受けることになった。より結果が明確になるように造影剤を投与するとのことで点滴を受ける。その前に採血もした。わたしはもともと血管が細い体質なので、健康診断やらで採血をする際には必ず看護師さんを手こずらせてしまう。「(血管)出にくいね」からはじまり、「ごめんね、反対の腕も診させてもらっていい?」といったやりとりも毎度のように繰り返してきた。ところが医療センターの採血というのはすごいもので、〈採血センター〉という採血専用のエリアがあり、そこには採血専任のスタッフが常駐し、1日中患者の採血をし続けているのである。ベルトコンベアーのように次から次へと採血をこなす彼女らの腕に掛かればわたしの細い血管も一発だった。素晴らしい!!!!

今まで注射針を刺されたのに明らかに血が注射器に入っていかず、マンガで例えるなら「プスプス〜」という間抜けな効果音がつくであろう見事な失敗に見舞われたり、片腕では採血の必要量が足りずに両腕に注射器をぶっ刺されるというアンラッキーな経験を毎年のように重ねてきたわたしである。彼女らの見事な採血さばきにめちゃくちゃ感動した。

医療センターには〈採血センター〉の他に〈注射センター〉なるものもあった。名前のとおり点滴などの注射を用いた医療行為を行うエリアだ。そちらの常駐スタッフも皆、注射スキルの高い精鋭ばかりだったらしく、施術前に「血管出にくいって言われる?」と言われはしたものの一発で点滴を決めてくれた。

さて数分の点滴を受けながらCT検査のために放射線科に移動である。いかにも病人ですといった感じで、点滴をカラカラ引きながら歩いて移動する。もちろん痛みはまだ続いている。放射線科に移動すると、簡単な説明ののち、いよいよ撮影だ。撮影台に乗り、しばらくすると点滴から造影剤を投与される。造影剤が投与されると体中が一気に熱くなる。これはとても不思議な感覚だった。何というか体を巡る血液が一気に沸騰するような感じだ。腕から上半身へ広がり、生殖器まで一気に「カーッッ」と熱くなるのだ。生殖器まで熱が巡ってくる感覚という、何とも貴重な体験をできたのはCT検査を受けて一番の印象深い出来事だった。

CT検査終了後、再度、診察。画像を見た消化器内科の先生は「画像を見るかぎりこの部分が明らかにおかしい」と黒く大きな丸い部分を示した。そして「でもこれは僕の管轄外だと思うんだよな〜、恐らくこれだと婦人科だよ」とも続けた。ナンテコッタ……!!!まさかの婦人科に逆戻りである。そう言われたら医学素人のわたしは従うしかない。

結局、消化器官の疾患ではないだろうという先生の判断の元、次の日改めて医療センター内の婦人科を受診することになった。おもしろいことに、このセンターは同医院内の別の科を受診する際にも紹介状なるものが必要らしい。なんだか色々面倒くさいなぁと思う。

 

7月4日(木)。昨日に続き、朝から医療センターへ。

昨日と同じように数十分の待ち時間ののち、診察室へ向かう。簡単な問診ののち触診、超音波検査を受けた。診察台の上部には超音波検査の画像がリアルタイムで表示されている。黒っぽい影部分のサイズに合わせて先生がマーカーを引いている様子が見て取れた。

そうして最終的に告げられた病名が『卵巣嚢腫』と『子宮筋腫』であった。わたしの卵巣には右に60mm程度の腫瘍と小さな腫瘍の計2個、左に70mm程度の腫瘍が1個あるらしい。さらに子宮筋腫もあるそうだ。そして、今回の激しい痛みは、右側にある卵巣嚢腫が破裂したことで生じたのだろうということだった。怖すぎる。

先生は、数枚の用紙を印刷した。そこには『卵巣嚢腫』という病名と病状に合わせたいくつかの治療法が記されており、最後に署名欄があった。いわゆる同意書であった。治療法にはいくつかのパターンがあり、経過観察、投薬治療、手術などそれぞれの簡単な説明とそれらのメリット・デメリットが書かれていた。わたしの病状の場合は、手術を受けますか・そして受けるならタイミングはいつにしますか、という話を具体的に詰めていかなければならないと説明を受けた。でも、わたしはそれらの説明を理解はできても受け入れることができなかった。あまりにもショックが大きかった。だって腫瘍である。そんなものとは無関係の人生を歩むと思っていたのに、告げられた病名がいかにも病名然としていて、わたしの感情は一気に決壊してしまった。涙が止まらない。手術を受けなくてはいけないことは分かったけど、それをいつにするべきかなんて素人のわたしに聞かないでほしい。わたしな正直に「手術を受けるにはいつがいいのか」を尋ねた。先生は「それはあなたの痛みに合わせて決めるべきだ」と答えた。つまり、どうしても耐えられないくらいの痛みならば今日にでも手術を受けることが可能だし、もう少し考える時間がほしいなら今回の月経に伴う痛みには痛み止め等の投薬で対処して改めて手術日を設定することも可能だ、ということらしかった。確かにそうだ。痛みの度合いは本人にしか分からない。ということで手術は受けるつもりであること、しかし日程については後日家族同伴で相談させてほしいことを告げ、その日は帰宅することにした。手術に向けての詳細なデータを取るために後日MRI検査を受けることも決まった。さらに帰りに採血をして帰るようにとも言われた。そうなのだ、昨日に引き続きの採血である。昨日すでに採血をし、さらに点滴も打った。連日〈採血センター〉に向かい、注射跡のある腕を出すと、担当の看護師から「あら昨日も採血したの?ここで?」と驚かれた。「そうなんですよ」と苦笑いすると彼女は「大変ね」と返してくれた。婦人科の先生とのやりとりで凹んでいたわたしは、彼女とのそんな簡単なやりとりで少しだけ気分が浮上するのを感じた。

この日も夜になると、痛みはだいぶ軽くなっていた。少々引き攣るような感じはあるものの明日にはどうにか出勤できそうだ。何より今までの経緯とこれからの治療について上司に相談をしなくてはいけない。

 

7月5日(金)。最初の痛みから1週間以上が経過し、久しぶりの社会復帰である。実は通勤の電車内が一番不安だったが、どうにか問題なく出社することができた。

 

7月9日(火)。MRI検査の日である。

下腹部の痛みはなくなっていた。たまに右下腹部がチクチクと違和感を訴えることはあったが、壮絶な痛みを経験してしまった身としては「かかってこいや!!!」と気合いでどうにかできる程度のものだ。とはいえ、あの痛みがいつぶり返すか分からないという怯えは常にあった。

MRI検査後、母親を伴って手術に向けての説明を受けた。卵巣にできた3個の腫瘍を腹腔鏡下手術で全て除去すること、子宮筋腫に関しては手術ではなく経過観察が望ましいことが告げられた。手術のタイミングについては運良く7月22日(月)に1件キャンセルが発生したので、最速であればそのタイミング。それ以降であれば8月は何日か空きがあり、9月になれば希望通りの日程で受けることができるでしょう、とのことだった。出来るだけ早く痛みの元を体内から消し去りたかったことや、8月9月にはライブの予定を入れてしまっていたこともあり(真性くそオタク的発想)、最速のタイミングとなる7月22日(月)に手術を受けることにした。診断を受けた当初は動揺してしまったわたしだったが、この日は母親も一緒ということで落ち着いて説明を受けることができた。

 

7月16日(火)。手術前の術前検診。

採血(何度目だよ!!?!)、採尿、心電図、肺活量測定、レントゲン撮影、どれも問題がなかったとのことで無事に予定通りの日程で手術を受けられることが確定した。入院に向けての説明や各種同意書、申込書を受け取り帰宅。

 

こうして怒涛の2019年7月前半が終了したのです。

この間にBUMP OF CHICKENの『aurora ark』ツアーが始まり足を運んだり、それに合わせて北海道から友達が来たり、なんだかんだと楽しいこともあったり……とにかく感情の起伏がめちゃくちゃ激しい数週間でした。

あらゆる出来事を思い出せる限り詳細に書き出していったら文字量も膨れ上がってしまった。今まで様々な痛みを経験してきたけれども「いっそ死にたい」と思ってしまえるくらいの痛みは初めてだった。それくらいに本当に本当に痛かった。あんな思いは二度とゴメンである。

 

おわり。

 

▼手術のことについてはこちらに書きました。

・『卵巣嚢腫(らんそうのうしゅ)』の摘出手術を受けた。

▼術後1年経過してみてのことはこちら。

『卵巣嚢腫(らんそうのうしゅ)』の術後1年が経った。 - 楽しいことがあり過ぎる

 

 

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